838 心が痛む

「粟、待って！」矢崎泰が叫んだ。

矢崎粟は車の窓を下げた。「お兄さん、なぜ追いかけてきたの？」

「心配だったから様子を見に来たんだ」矢崎泰は彼女が自分のことをお兄さんと呼ぶのを聞いて、密かにほっとした。

彼は本当に矢崎粟が自分のことも認めなくなることを恐れていた。

矢崎粟は少し笑って、「私は大丈夫よ。あのことは全部過去のことだし、もう忘れたわ。あなたは永遠に私のお兄さんよ」

矢崎泰は頷いた。「こんなに大きな悩みを抱えていたなんて。もっと早く話してくれれば、俺が矢崎美緒をぶん殴って仕返ししてやれたのに」

彼は女性は殴らないが、人を雇って矢崎美緒を殴らせることはできた。

彼の心の中で、矢崎美緒は妹なんかじゃなかった。

矢崎美緒の蛇のような性格を知ってからは、彼女は他人以下の存在になっていた。

「もう気にしてないわ。これからの私の人生が良ければそれでいい。本当に怒ってなんかいないの」矢崎粟は淡々と言った。

たとえ矢崎美緒を懲らしめたところで、何になるだろう？

元凶は矢崎家の者たちだ。

お兄さんは矢崎家の者たちを懲らしめることなどできない。むしろ、このことでお兄さんと矢崎家の間に溝ができてしまうだろう。

もし私のことで、お兄さんの仕事に影響が出たら、それこそ良くない。

矢崎泰も妹の考えを理解していた。彼は思わず目が潤んだ。「粟、お前はいつも思いやり過ぎるんだ。だから、ずっと虐げられてきた。俺も役立たずで、お前を守れなかった」

「お兄さん、そんなこと言わないで。矢崎家をちゃんと経営してるじゃない。これから私が矢崎家のお世話になることがあるかもしれないし、その時は断らないでね」矢崎粟は茶目っ気たっぷりに言った。

矢崎泰はすぐに頷いた。「もちろんだ！俺が矢崎家の社長になったら、粟が何を望もうと、無条件で叶えてやる」

彼の妹は、彼が甘やかすのだ！

三人の弟が言うことを聞かないなら、殴ってでも分からせる。

どうせ母は父と離婚したんだ。これからは母の制約を受けることもなく、もっと自由にできる。

……

病室の中で。

矢崎弘は完全に呆然としていた。

彼は矢崎粟と母のやり取りを聞いて、頭が混乱しそうだった。

つまり、この二人は夢の中の出来事を実際に起こったことだと思っているということだ。

だから、矢崎粟は彼らを許すのが難しいのだ。