黒川浩二に打ち明けたからなのか、坂本加奈は心が軽くなり、もう失望することもなくなった気がした。
黒川浩二が言ったように、人間性は複雑で、自分が以前考えていたことが単純すぎたのだ。たとえ林翔平が以前は良い人で、温かさをくれていたとしても、これだけ時間が経てば人は変わるものだ。
そのことに気付いた坂本加奈は、階段を上る足取りも軽やかになった。
部屋に入るとすぐに携帯の振動音が聞こえ、手に取ってLINEを確認する前に佐藤薫から電話がかかってきた。
「加奈!!!」電話から佐藤薫の悲鳴のような声が聞こえた。
坂本加奈はそこで蘭のことを忘れていたことを思い出した。「ごめんね蘭、急に用事が出来ちゃって、わざと約束をすっぽかしたわけじゃないの……」
言葉を最後まで言う前に、佐藤薫がぺちゃくちゃと喋り始めた。「それはいいから、まずあのイケメンすぎるヤバいくらいのイケメンは誰なの!!」
「え?」坂本加奈は一瞬固まり、すぐに笑みを抑えきれなくなった。「蘭、ヤバいくらいってそういう使い方じゃ……」
「そんなことがポイント?」佐藤薫は正論で反論してきた。「ポイントはあのイケメン!イケメン!!」
「蘭、落ち着いて」坂本加奈はソファに座り、クッションを抱きしめながら、簡潔に事の経緯を説明した。
佐藤薫は説明を聞き終わると、丸一分黙り込んでから、また悲鳴を上げた。「きゃあああああああ……」
坂本加奈は冷静に、そして慣れた様子で携帯を遠ざけ、悲鳴が収まるのを待ってから耳に戻すと、佐藤薫の興奮した声が聞こえてきた。
「うぅ、こんな素敵な展開、私が追っかけてる糞作家はなんで書かないのよ!」
坂本加奈:「……」
「加奈、彼があなたを助けてくれて、今日はヒーローみたいに助けてくれたんでしょ?身を捧げても文句ないじゃない!!」
坂本加奈は口角を引きつらせながら、「冗談でしょ!身を捧げるって、あの人が誰だか分かってる?」
「イケメン!!」
「お兄ちゃんの親友で、黒川グループの社長の黒川浩二よ」
「…………」
佐藤薫は再び沈黙し、次に口を開いた時は明らかに自信なさげな声だった。「でも……でもありえなくもないでしょ。あなたはこんなに素敵な子だから、むしろ彼の方があなたに釣り合わないくらいかも」