「彼は私にアトリエをくれて、たくさんの絵の具や画用紙も……」
坂本加奈は嬉しそうに答え終わると、おばあさまの目の中の笑みに気づき、恥ずかしそうに「おばあさま……」と言った。
「黒川くんが加奈のことを大切にしてくれているなら安心だわ」坂本おばあさまは彼女の小さな頭を撫でた。
坂本加奈は思わず口角が上がり、心から「おばあさま、安心してください。彼は私のことをとても大切にしてくれています」と言った。
黒川浩二との結婚は偽装結婚だけど、私への態度は本当に優しい!
坂本おばあさまは安心したように頷いた。
坂本加奈は昼に病院に残っておばあさまと昼食を共にしてから帰った。帰る時、おばあさまはリンゴを一つ渡し、次は来なくていいと言った。
病院は良い場所ではないし、彼女も好きではない。
坂本加奈が入院棟を出て、野村渉に電話をかけようとした時、見覚えのある姿が視界に入ってきた。
「加奈」林翔平が花束を持って近づいてきた。顔の傷は手当てされていたが、青あざは依然として目立っていた。
「ここで何をしているの?」坂本加奈は今や彼を見ても、少女時代の恋心は全くなく、ただ見知らぬ人のような違和感と拒絶感だけがあった。
この男性のことが、本当に嫌いになってきた……むしろ憎らしいとさえ言える!
「坂本おばあさまの具合が悪いと聞いて、お見舞いに来ました」林翔平は彼女に視線を向けながら、優しい口調で言った。
「おばあちゃんは大丈夫よ。今ちょうど食事を済ませて休んでいるところ。気遣ってくれてありがとう。もう帰ってください」
おばあちゃんのお見舞いと言いながら、こんな傷だらけの顔で来るなんて、明らかに兄のことを告発しに来たのよ!
林翔平は彼女の態度が日に日に冷たくなっていくのを感じ、心が痛んだ。過去の思い出を振り返りながら、我慢強く話しかけた。「加奈、昨夜の吉田美佳の件は一時の感情的な行動だったから、私は彼を責めないし、訴えることもしないよ」
「本当?」坂本加奈の澄んだ瞳に疑いの色が浮かび、彼の言葉を信じられない様子だった。
林翔平は頷き、笑みを浮かべながら言った。「彼は君の兄さんだし、これからは僕の兄さんでもある。私たちは家族なんだから」
「……」
なんて馬鹿げた家族だよ!