坂本加奈は足を止め、彼の方を振り返ると、澄んだ瞳に冷気が渦巻いていた。
林翔平は彼女の目と合い、胸がドキリとした。先ほどは怒りに任せて言葉を選ばなかったが、一度口に出した言葉は取り返しがつかなかった。
「林翔平さん、ありがとう」坂本加奈は真剣な表情で、唇を引き締めて話した。その声は感謝の気持ちが全く感じられないほど平静だった。
林翔平は一瞬固まり、彼女の言葉の意味が分からなかった。そして再び彼女の声が耳に響いた。
「結婚しないでいてくれて、感謝します」坂本加奈は桜色の唇を軽く噛み、落ち着いた声に安堵が混ざっていた。「あなたと結婚しなかったことが、私の人生で最大の幸運です」
以前、どうしてこんな人を好きになったのだろう?
そして、どうしてこんな卑劣で恥知らずな人を救いだと思い、残りの人生を彼のために生き、彼のためにより良い人間になろうと思ったのだろう。