夕日が沈む頃、坂本加奈たちは古い町にようやく到着した。
有名な古跡でもなく観光のシーズンでもないため、町には観光客もほとんどおらず、ほとんどの店は閉まっていた。
高橋先生が予約したのは町の小さな旅館で、部屋は狭く、設備も良くなかったが、2日3泊の短い滞在なので我慢すれば何とかなりそうだった。
部屋割りの際、他の女子学生たちは事前にツインルームを約束していたが、坂本加奈はクラスのグループチャットであまり活発ではなく、親しい女子学生もいなかったため、角にある一人部屋に泊まることになった。
高橋先生は少し心配そうに、「3人部屋に変更しましょうか?」と提案した。
「大丈夫です」坂本加奈は彼の好意を丁寧に断った。「私、寝つきが悪いので、一人の方がいいんです」
彼女は自分が群れるタイプではないことを知っていたし、自分の属さない小さなサークルに無理に入ろうとも思わなかった。
「何かあったらすぐに呼んでくれ」と高橋先生は念を押した。
坂本加奈は頷き、スーツケースを引いて2階の角にある小さな部屋へ向かった。
簡単に片付けを済ませ、グループチャットで通知を受け取り、みんなで夕食を食べに降りた。
初日で、みんな半日も車に乗って疲れていたため、高橋先生は隣の中華料理店の個室を予約し、簡単な食事を済ませてから学生たちを早めに休ませることにした。
小さな旅館には給湯ポットがなく、フロントで魔法瓶をもらうしかなかった。坂本加奈が赤い魔法瓶を抱えて自分の部屋のドアを開けると、ポケットの携帯が振動し始めた。
魔法瓶を置いて携帯を取り出すと、画面に「黒川様」という文字が表示されていた。思わず口角が上がり、すぐに電話に出た。「もしもし…」
電話の向こうから男性の低くかすれた声が聞こえた。「ホテルに着いたか?」
「もう着いて、食事も済ませました」坂本加奈はベッドの端に座って答え、小さな窓を振り返ると、心がなんだか空っぽになって、急に彼に会いたくなった。
「あなたは食事しましたか?」
「まだ退社してないんだ」と黒川浩二は答えた。
「お仕事忙しいんですか?」坂本加奈は以前彼が毎日遅くまで帰れなかった時期を思い出した。「忙しくても食事は大切ですよ。西川秀子さんは用意してくれなかったんですか?」