薄田正は恥ずかしさを感じなかった。彼が恥ずかしがらなければ、恥ずかしいのは他人だ。
坂本加奈は照れくさそうに鼻先を触り、申し訳なさそうに言った。「ごめんなさい、わざとバーに迷惑をかけるつもりじゃなかったの」
薄田正は気前よく笑って、「大丈夫、どうせ損失は誰かが払うから」と言った。
そう言いながら、黒川浩二を一瞥した。
坂本加奈は恥ずかしさのあまり相手を見ることができず、自分の足先を見つめていた。そのため、薄田正の意味深な視線を見逃し、兄が自分の尻ぬぐいをしてくれたと思い込んでいた。
携帯の時間を確認し、言い訳を見つけて逃げ出した。「あなたたちはお話を続けて、私はキッチンに行くわ」
彼らが何か言う前に、さっとキッチンへと駆け出した。
黒川浩二の深い眼差しは彼女の後ろ姿を追い、その瞳の光は月明かりよりも優しかった。
薄田正は息を飲んで、「なんだか酸っぱい空気を感じるな!」
坂本真理子は嘲笑して:「独身の犬は水を飲んでも酸っぱく感じるんだよ」
薄田正は負けじと反撃した:「まるでお前が独身じゃないみたいな言い方だな」
「申し訳ないが、俺が彼女欲しいと思えば一分で作れるんだよ!」坂本真理子は殴られそうな顔で笑った。「お前にはいるのか?あぁ...十数年お前を愛してた子が逃げ出したばかりだったな」
薄田正:「……」
いつか必ず死んだ鹿にしてやる。
黒川浩二は目を伏せ、剣のような眉に苛立ちが浮かんだ。「もう帰っていいぞ」
彼らがここにいると、彼と彼女の邪魔になる。
薄田正は軽く嘲笑して:「異性がいると人の道を忘れるんだな。早くから分かっていれば、わざわざ来なかったのに。帰るよ」
振り返りかけて何かを思い出したように、また彼の方を向き、表情を引き締めて真剣な口調で言った。「昔のことは君のせいじゃない。もうこれだけの年月が経ったんだ。前に進むべきだよ」
キッチンに視線を向けながら、おそらくこの女の子が彼を癒し、過去の影から連れ出してくれるのだろう。
「誕生日おめでとう、黒川さん」
黒川浩二は扇のように濃い睫毛を伏せ、瞳の中の明暗を隠し、黙ったままだった。
薄田正が去った後、坂本真理子は彼を横目で見て、「二階で一杯どう?」
自分の手にあるグラスを軽く揺らした。
黒川浩二は少し躊躇した後、キッチンの方を見やり、ゆっくりと頷いた。