黒川浩二が病院に着いた時、安藤美緒は中谷陸人の手を引いて帰ろうとしていた。
坂本加奈は厨房の入り口に立ち、彼を一瞥しただけで目を伏せた。感情が顔にはっきりと表れていた。
「来たのね」安藤美緒は彼を見ても驚かず、淡い笑みを浮かべた。
「パパ……」中谷陸人は彼を見て喜び、すぐに彼の足に抱きついた。
黒川浩二は中谷陸人を一瞥し、うつむいている坂本加奈を見た。漆黒の瞳は深い意味を秘めていた。
骨ばった指で中谷陸人の襟をつかみ、薄い唇を開いて「送っていこう」と言った。
その言葉は安藤美緒に向けられていた。
安藤美緒は微笑んで頷き、黒川詩織に「また今度来るわね」と言った。
黒川詩織は微笑みを絞り出し、心の中で「来ないでくれ」と思った。
黒川浩二は中谷陸人を抱いて病室を出た。安藤美緒は彼の後ろについて行き、柳眉の下の瞳は水のように優しく凛々しい背中を見つめていた。