「やあ」
遠くから聞こえた声が彼女の思考を中断させた。
坂本加奈が振り向くと、佐藤薫が颯爽と自分の方へ歩いてくるのが見えた。幼い頃からダンスを習っていたせいか、彼女の姿勢は常に美しく、背筋をピンと伸ばし、美しい白鳥のような首を見せ、自信に満ちた優雅な白鳥のようだった。
「蘭、終わった?」坂本加奈は彼女を見て嬉しそうに、顔いっぱいに笑みを浮かべた。
佐藤薫は頷き、彼女の後ろを見た。「高橋先生に呼ばれたの?」
坂本加奈は頷いた。「前のコンペで優勝したから、パリ国立美術学校への留学を推薦したいって」
「それは良かったじゃない!」佐藤薫は彼女のために喜んだ。
「三年よ」
「えっ——」佐藤薫はそれを聞いた瞬間に喜びが消えた。「そんなに長いの?前は一年だったじゃない?」
坂本加奈は深いため息をつき、肩をすくめた。「そうなの!」
「じゃあ、承諾したの?」
坂本加奈は首を振った。「考えさせてほしいって言ったの」
佐藤薫は彼女と一緒に歩きながら、「そうよね、今じゃ黒川奥様なんだもの。あなたが行っちゃったら黒川社長は独り寝になっちゃうし、きっと大勢の人があなたの黒川奥様の座を狙ってるでしょうしね」
「浩二だけじゃなくて、両親も、兄も多分反対すると思う」坂本加奈の声には少し落胆が混じっていた。
彼女の兄の話が出た時、佐藤薫の目は密かに暗くなった。「本当に行きたいなら黒川浩二と相談してみたら?きっと反対しないんじゃない?」
今は海外に行くのも簡単だし、ビデオ通話もできるし、三年は短くもないけど、長くもない……
「じゃあ、浩二と話してみる機会を作ってみるわ」坂本加奈は自分の話を終えると、話題を彼女に向けた。「この前、安藤美緒に会ってきたの」
佐藤薫は足を止め、横を向いて彼女を見た。「坂本真理子のことを話したの?」
坂本加奈は頷いた。「安藤美緒は兄と結婚するつもりはないって言ってたから、蘭にはまだチャンスがあるわ。試してみない?」
蘭が兄を何年も好きでいて、試してみることもなく諦めてしまうのは本当にもったいないと思った。
佐藤薫は少し躊躇した。「加奈、考えなかったわけじゃないの。でも失敗したら……」
それ以降、坂本真理子の前に顔を出す勇気がなくなってしまう。