一時間後、カラオケボックスにて。
個室のドアが開き、坂本加奈が顔を上げると、入り口に立っている佐藤薫の姿が目に入った。全身びしょ濡れで、顔は真っ青、水滴が顔中を伝い、目も潤んでいて、目は真っ赤に腫れていた。
「蘭、どうしたの?」坂本加奈は急いで彼女の手を取り、その手が恐ろしいほど冷たく、温もりが全くないことに気付いた。
佐藤薫は何も言わず、彼女を見上げると、涙が静かに頬を伝い落ち、そのまま加奈を抱きしめた。
坂本加奈は彼女を抱きしめ返し、小さな手で優しく背中をさすりながら、「蘭、どうしたの?怖いわ!お兄ちゃんに何かされたの?」
坂本真理子の名前を聞いた途端、佐藤薫の涙はさらに激しく溢れ出した。
個室は薄暗く、角の暗がりに座っている人は気付かれにくかった。
「先に服を着替えさせてあげなさい」黒川浩二が静かな声で促した。
主に佐藤薫の濡れた服が坂本加奈に移らないようにという配慮からだった。
「そうね、そうね!」坂本加奈はようやく気付いて、「私、服持ってきてるから、トイレで着替えましょう」
VIP個室には専用のトイレがあり、外に出る必要はなかった。
佐藤薫は目を赤く腫らしたまま黙って、坂本加奈に手を引かれてトイレに入った。
坂本加奈は乾いたタオルを持ってきており、まず滴る髪を拭き、それから服を取り出した。
「服は新品よ、着てないから」
坂本加奈は彼女の濡れた服を脱がせ、乾いた服に着替えさせ、さらに髪を拭こうとした。
突然、佐藤薫が顔を上げ、虚ろな目で「加奈、私と一緒にお酒飲んでくれない?」
坂本加奈は一瞬躊躇した。以前は黒川浩二の前でお酒を飲むと失態を演じてしまうので、もう飲まないつもりでいた。しかし、今、佐藤薫の死んだような目を前にして、迷いなく「いいわ」と答えた。
二人は手を繋いで個室を出て、坂本加奈はスタッフを呼んでウォッカを2本注文した。
黒川浩二は眉をひそめたが、止めはしなかった。
佐藤薫は曲を選びに行き、今夜は思い切り飲むつもりの様子だった。
坂本加奈は黒川浩二の耳元に寄り、小声で「浩二、今夜私を家まで背負って帰ってくれない?」Ծ‸Ծ
黒川浩二が眉を上げると、坂本加奈はさらに付け加えた。「約束してくれたら、今度は後ろからさせてあげる」