第288章:彼は夫

坂本加奈は彼の言葉を深く信じ、心の重荷も感じず、むしろ嬉しそうに言った。「じゃあ、もっと美味しいものを見つけられるように頑張らないと。あなたの投資で儲けさせてあげるわ」

黒川浩二は頷いて「うん」と答えた。

向かいに座っている深木雫は、それを聞いて笑いたくなった。

飲食業界の利益が、時価総額数千億円の黒川浩二の価値を超えられるはずがない。

黒川浩二が月々数百万円程度の収入に本当に興味を持つはずがない。

ただ坂本加奈を安心させるための嘘に過ぎない。

黒川浩二は黒い瞳で無関心そうに深木雫を一瞥した。

深木雫はすぐに察し、坂本加奈が気付かないうちに、口の前でチャックを閉める仕草をした。

***

坂本加奈は休憩時間を利用して深木雫が欲しがっていた絵を描き、額装して深木雫に届けた。

ちょうど香水の調合を学べるし、明日は浩二の誕生日だった。

深木雫は彼女が描いた自分の絵をとても気に入り、何度も褒めたため、坂本加奈は照れてしまった。

黒川浩二のために香水を調合したいと知り、特に男性向けの香料をいくつか選んでくれ、それを嗅いでみて好きなものを選ばせた。

坂本加奈はトップノートにバニラとベチバー、ミドルノートにカルダモンとアンバー、ラストノートにサンダルウッドとローズウッドを選んだ。

深木雫の丁寧な指導のもと、坂本加奈は香水を調合した。最初は少しスパイシーで、その後徐々に甘くなり、ラストノートは穏やかな木の香りで、黒川浩二が現在使用しているものと似ているが、距離感が少なくなっていた。

坂本加奈は深いブルーの瓶を選び、キャップは金色で、上品で美しかった。

「あなた、意外と才能があるわね。初めての調合なのにこんなに良い香りになるなんて」深木雫は冗談めかして言った。「転職してみたら?」

坂本加奈は香水瓶を大切そうに持ちながら、笑って首を振った。「私はやっぱり絵を描くのが好き」

香水の調合は、たまにならいいけど、毎日香水と向き合うのは耐えられない。

「黒川浩二の誕生日、どうやってお祝いするの?」深木雫は何気なく尋ねた。

坂本加奈は去年の彼の誕生日が慌ただしく、ただダンスを一曲踊っただけだったことを思い出し、今年はしっかり準備したいと思った。

「誕生日パーティーを開きたいんだけど、彼に気付かれたくないの。どうしよう?」