空気の中に火薬の匂いが漂いそうになったところで、校長が軽く咳払いをした。「それは……」
彼の言葉が始まったばかりのとき、黒川浩二は資料を持つ白い骨ばった指を緩めた。
「では高橋先生、よろしくお願いします」黒川浩二は立ち上がり、手を背中で組み、表情は冷たく温もりのかけらもなかった。
校長:「……」
これだけ?
喧嘩にならない?
高橋穂高は男の強大な圧迫感に対して少しも退くことも妥協することもなく、静かに言った。「どういたしまして、これは私の務めです」
黒川浩二は資料を渡したので、もはや留まる必要はなく、校長に挨拶をして立ち去ろうとした。
校長は熱心に見送ろうとしたが、黒川浩二に断られた。
校長はそれでもエレベーターまで見送り、高橋穂高は横で付き添った。
黒川浩二がエレベーターに乗り、扉が閉まるまで、校長はようやく大きく息を吐いた。
「高橋先生、さっきはどうしてあんな風に黒川社長に話したんですか?」
校長は額の汗を拭いながら、不機嫌そうに振り向いて言った。「黒川社長は奥様の留学を望んでいないのは明らかなのに、あなたは彼に逆らっているようなものじゃないですか!!」
高橋穂高は落ち着いた表情で、謙虚に答えた。「私は彼に逆らっているわけではありません。私は教師として、生徒の将来を考えるのは私の責任です」
校長は仕方なく溜息をつき、「坂本加奈が留学しなくても、黒川社長がいれば有名になれないわけがないでしょう?」
高橋穂高は眉をひそめ、声には誇りが感じられた。「私たち芸術家は名声のために活動しているわけではありません」
校長が何か言う前に、彼は少し嫌そうに目を逸らし、「まあ、説明してもわからないでしょう!」
「えっ?」校長は口角を引きつらせながら、エレベーターに乗り込む彼の姿を見て、不機嫌に言った。「結局、校長は私なのかあなたなのか?」
……
坂本加奈は家で一週間療養し、黒川浩二も家で一週間彼女の看病をした。
黒川浩二は彼女の資料を提出してくれたものの、留学に同意する気配はなく、二人の間には常に重苦しい空気が漂っていた。
坂本加奈も彼の反対や不機嫌さに自分の考えを諦めることはなかった。
怪我が治ると普通に学校に通い始め、高橋穂高も彼女と一度話をした。