第360話：彼女に傘を

黒川浩二は彼に答えず、病室の入り口に向かって走り、低い声で叫んだ。「先生、先生……」

西村雄一郎は細長い目で坂本加奈を見つめ、手を伸ばして彼女の目尻の涙を優しく拭った。暗雲が立ち込めた表情が徐々に晴れていった。

「本当にそんなに効き目があるのか？」

坂本加奈は両目を固く閉じたまま、彼に答えなかった。

西村雄一郎の瞳の奥に一瞬の悲しみが走り、ポケットの中で何かを触りながら、唇を噛んで、物憂げな声で言った。「もういい、どうせ僕は一生最も好きな女の子と結婚できないんだから。」

彼はポケットから紫檀の数珠を取り出し、自分の手首に巻きつけた。一周、また一周と……

小さな数珠は丸くて光沢があり、かすかな白檀の香りを漂わせながら、彼の美しい手首に一周一周と巻きつき、彼の人生を束縛していった。

……

黒川徹が黒川浩二を家に連れて帰ると、白川櫻は笑顔で手を振った。「しろちゃん、ママのところに来て。」

黒川浩二は顔を上げて黒川徹を見つめ、彼が頷くのを見てから、ゆっくりと白川櫻の前まで歩いていった。

白川櫻は身を屈めて彼の頬を優しく撫で、「しろちゃん、前はママが悪かったの。ママが謝るわ。許してくれる？」

黒川浩二は彼女の優しさに満ちた瞳を見つめ、ゆっくりと頷いた。

白川櫻は笑顔で彼の頭を撫で、黒川徹の方を向いて言った。「安心して、もう私たちの子供を傷つけたりしないわ。」

黒川徹は頷いて、会社に戻っていった。

白川櫻の口元の笑みが徐々に消え、黒川浩二の手を引いて部屋に戻り、ドアに鍵をかけた。

黒川浩二は鍵をかける音を聞いて、本能的に体を震わせたが、唇を強く噛んで何も言わなかった。

白川櫻は彼の前にしゃがみ込み、両手で彼の肩をきつく掴み、顔から優しさが消え、歪んだ憎しみだけが残った。

「美月を突き落としたのはあなたね、あなたが殺したのよね？」

黒川浩二は俯いたまま答えなかった。

「なぜ彼女を殺したの？」白川櫻は彼の華奢な体を激しく揺さぶり、ヒステリックに問いただした。「彼女はあなたの妹よ！どうしてそんなことができたの？」

黒川浩二を床に突き飛ばすと、化粧台の前に行って裁縫箱から細い針を取り出し、戻ってきた。

「どっちの手で美月を突き落としたの？この手？」

白川櫻は彼の手を掴んで針を指に刺した。