第367章:少し抱かせて

坂本加奈の目に狡猾な光が宿った。「やっぱり、雫姉さんにあげたほうがいいんじゃない?」

薄田正の表情が一瞬曇った。「な、なんで彼女にあげなきゃいけないんだ?俺は彼女に会いに来たわけじゃない!」

深木雫も眉をひそめ、明らかに自分が巻き込まれるとは思っていなかった様子だった。

坂本加奈は肩をすくめて諦めた様子で言った。「あなたがプレゼントしたいなら、私だって受け取れないわ」

薄田正は黒川浩二の険しい表情を見て、躊躇した後で直接花を差し出した。「じゃあ、我慢して受け取ってくれない?」

黒川浩二は鋭い目つきで彼の顔を一瞥し、冷たく一言。「出ていけ」

薄田正:「……」

最後は坂本加奈が助け舟を出した。「そこに置いておいて。後でナースステーションの看護師さんにあげるわ」

薄田正は頷いた。「好きにしてくれ」

深木雫はシルバーのショルダーバッグを手に取り、立ち上がって言った。「そろそろ帰るわ。また後で見舞いに来るね!」

「私、体は大丈夫だから、数日で退院できるわ。その時は家で食事でもしましょう!」坂本加奈は病院が嫌いで、目覚めてからは体の衰弱以外に不快感はなかったので、当然長く病院にいたくなかった。

深木雫は頷いて承諾したが、もし薄田正も来るなら、きっと何か理由をつけて断るつもりだった。

今の彼女と薄田正は顔を合わせるべきではなかった。

薄田正は自分が来たばかりなのに彼女が帰ってしまうとは思わなかった。表情には出さなかったが、視線は彼女の後ろ姿を追ってしまった。

坂本加奈と黒川浩二は目を合わせ、暗黙の了解の笑みを交わした。

黒川浩二は軽く咳払いをして、「用事があるなら先に帰っていいぞ。加奈は休息が必要だ」

薄田正はちょうど来たばかりで帰る適当な理由が見つからず困っていたところだったので、黒川浩二のこの客払いは渡りに船だった。

「じゃあ義姉さん、ゆっくり休んでください。また家に伺います」

言い終わるや否や、足早に立ち去った。まるで家が火事でも起きたかのように慌てていた。

坂本加奈は思わず笑い声を漏らした。「薄田さん、本当に雫姉さんのことが好きみたいね」

黒川浩二は薄田正と深木雫のことには興味がなく、薄い唇を開いて、低くて優しい声で言った。「俺もお前のことが大好きだ」