第368話:後悔する方が犬

薄田正の顔色が一瞬暗くなり、理解に苦しむように尋ねた。「なぜそんなにも一枚の紙にこだわるんだ?その紙がそんなに重要なのか?その紙があれば、俺がお前を死ぬほど愛していることを証明できるのか?」

深木雫は一瞬、失望なのか安堵なのか分からない感情に襲われ、赤い唇を軽く歪めた。「うん、とても重要よ!その紙は、あなたの愛を証明できないかもしれない。でも、一枚の紙さえくれないってことは、あなたの私への気持ちが何の価値もないってことを証明してるわ!」

「俺の愛でも駄目なのか?」薄田正の声が喉から絞り出されるように聞こえた。

深木雫は首を振った。「その手の言い訳は他の女の子にでも使ってよ。もう付き合ってられないわ!」

全ての感情には帰属先が必要だ。でも薄田正の感情は、海に浮かぶ一枚の葉のように、永遠に風に流され、対岸には辿り着けない。

薄田正の手が無言のうちに締まり、拳を握りしめた。「深木雫、これが最後だ!今日を過ぎたら、もう二度と会いに来ない。本当に後悔しないのか?」

深木雫は唇を歪めて笑った。「後悔する方が負けよ。」

薄田正は彼女の目に決意を見て取り、もう引き返せないことを確認すると、車のドアロックを解除した……

深木雫は車のドアを開けて降り、躊躇することなくマンションの中へ向かって歩き出した。足取りは速く、振り返ることはなかった。

薄田正は車の中から彼女の後ろ姿を見つめ、強く握りしめた拳でハンドルを叩き、クラクションが鋭い音を鳴らした……

深木雫はマンションに入ってからクラクションの音を聞いて足を止めたが、深く息を吸って前に進み続けた。

振り返らず、未練も後悔もない。とっくに分かっていたはずだ、彼は変わらないということを!

***

坂本加奈は退院したかったが、黒川浩二が心配で、もう二日ほど入院させることにした。

黒川浩二も常に病室に付きっきりというわけにはいかず、坂本加奈は暇な時にスマートフォンでSNSを見ていると、黒川浩二に関するニュースが多く目に入った。

あの日の生放送は彼女によって中断されたものの、会場には白川櫻の言葉を聞いた人が大勢いて、動画を撮ってネットにアップロードした人もいた。