第408章:1つの抱擁

黒川詩織は客席に座り、ステージ上で黒川浩二が坂本加奈のためにピアノを弾き歌う姿を見つめ、その瞳には限りない羨望と感動が浮かんでいた。

森口花は彼女を横目で見て、優しい声で尋ねた。「気に入った?」

黒川詩織は我に返り、彼の目を見つめ返して首を振りながら笑った。「小さい頃から、お兄さんがピアノを弾くところを一度も見たことがなかったの。お兄さんがピアノを弾けることすら知らなかった。他人の前で自分の才能を見せることなんて、今まで一度もなかったのに。それだけ加奈のことを本当に愛しているってことね」

だからこそ、人前で彼女のためにピアノを弾き、歌を歌い、堂々と愛情を示すのだ。

彼女が羨ましく思うのは、お兄さんが坂本加奈のためにこれらのことをしてくれることであり、お兄さんが加奈のためにここまでできることに感動しているのだ。

森口花は一瞬黙り、彼女の手を握りしめた。「君の足が良くなったら、私たちも結婚式を挙げよう。どんな結婚式が良いか、君の好きなようにしよう」

黒川詩織は微笑んで、自分の足を見下ろすと、目に寂しさが浮かんだ。

それがいつになるかわからないのに。

テーブルに置かれていた森口花の携帯電話が突然光り、見知らぬ番号から着信が入った。

彼は一瞥し、眉間にしわを寄せながら、さりげなく携帯電話を手に取り、黒川詩織に言った。「ちょっと電話に出てくる」

黒川詩織は深く考えず、うなずいた。

森口花は携帯電話を持って宴会場を出て行き、黒川詩織の視線は再びステージに戻った。

佐藤薫と深木雫は感動した表情で、スマートフォンを取り出して動画を撮っていたが、SNSには投稿せず、自分用に保存するだけだった。

他の招待客は我慢できずに動画を撮ってSNSに投稿し、すでに黒川浩二の29台のマセラティによる結婚式の車列がネット上で話題になっていたが、今や動画が出回り、全てのネットユーザーが沸き立っていた。

特に、客席に座っている招待客も映っている動画もあった。

「うわっ、これって村上コーポレーションの社長じゃない!!!彼女の結婚式も大物だらけだったよね!!!」

「まじか、隣に座ってるのは水野絵里じゃん!!風雲の創業者で、今や女性実業家!!」

「あああああ、あれは長い間行方不明だった兄貴だ!!!!今日ついに生きた姿を見られた!!」