黒川浩二は低く「うん」と返事をして、少し間を置いてから「タバコを一本」と言った。
彼は以前タバコを吸っていたが、坂本加奈と一緒になってからは減らしていた。今では坂本加奈が妊娠したため、タバコとライターは直接ゴミ箱に捨てていた。
西村雄一郎は惜しむことなくタバコの箱を彼に渡した。
黒川浩二は一本取り出して火をつけ、唇に運んで慣れた様子で煙を吐き出した。骨ばった指でタバコを挟み、その姿は慵懶で憔悴していた。
二人の男は中庭の階段に腰を下ろし、一人一本のタバコを吸いながら、白い煙が静かに広がり、風に乗って消えていった。
心の奥底に秘めた思いは、依然として払拭できないままだった。
長い沈黙の後、西村雄一郎が突然口を開いた。「彼女をあなたから奪おうと考えたことがある。でも、彼女があなたのために棒を受けた時を目の当たりにして、この人生で彼女をあなたから連れ去ることは絶対にできないと悟った。」
黒川浩二の手の中のタバコは燃え尽きかけており、銀色の灰は巨大な建物が崩れ落ちるように、こそこそと下に落ちていった。
「もう争うつもりはない」と彼は付け加えた。
タバコが燃え尽き、指先が熱くなると、黒川浩二は手を離し、無表情で言った。「わかっている」
そうでなければ、西村雄一郎が彼女の側にいることを許すはずがなかった。
西村雄一郎は深く息を吸い、口角に嘲笑を浮かべた。「実は時々羨ましく思う」
黒川浩二は横を向き、瞳は静かで波一つない。
「白川櫻はあなたを嫌っていた。だからあなたは躊躇なく彼女を捨て、坂本加奈を選べた。でも私にはそれができない」西村雄一郎は薄い唇に自嘲の色を浮かべた。「私は彼らに育てられた。借りは返さなければならない」
黒川浩二は白川櫻に何も借りがないから、返す必要もない。一方、彼は白川櫻が産み育てた子供だ。白川櫻が正常な人であればまだ良かったが、今は狂ってしまった。彼女を放っておくわけにはいかない。
黒川浩二はまだ黙っていた。結局、彼と西村雄一郎の関係では、互いに心の内を打ち明けることはできない。
西村雄一郎はタバコの吸い殻を掌で強く握りしめ、火傷する熱さも感じないかのようだった。「彼女をよく守ってやってくれ。私は行く」
黒川浩二は遠くの果てしない闇を見つめた。都会の灯りもない暗闇は、全てを飲み込む猛獣のようだった。