坂本加奈はマイクを持ち、甘い声で答えた。「私の一番好きな作品は『白』です」
「『白』ですか?」司会者は明らかに事前に調べていた。「私の知る限り、あなたの公開作品の中に『白』という作品はないはずですが、もしかして新作として公開予定なのでしょうか?」
坂本加奈は笑いながら首を振った。「この絵は主人への贈り物で、永遠に公開することはありません」
会場からどよめきが起こり、期待していた人々は失望の表情を浮かべた。
司会者は臨機応変に対応し、今夜の夜食は要らないね、カップルの甘い空気で満腹だと冗談を言った。
坂本加奈は明るい笑顔を見せ、観客に向かって軽く一礼し、ドレスの裾を持って降壇した。
降壇後、彼女は授賞式を見続けることなく、トロフィーと賞状を持って直接駐車場へ向かった。
野村渉は彼女が出てくるのを見て、すぐに高級車のドアを開け、ハイヒールを履いた坂本加奈の手を取って車に乗せた。
月見荘では臨が黒川詩織に抱かれていた。彼は伽月だけを抱いていたが、坂本加奈を見ると嬉しそうに手足を動かし、ママに抱っこをせがんだ。
坂本加奈はトロフィーと賞状を適当に置き、娘を抱き上げて頬にキスをした。「ほんの少しの間だけ離れただけなのに、もう伽月はママが恋しくなったの?」
伽月は顔を上げて彼女の頬にキスを返し、ママへの想いを表現した。
黒川浩二は彼女を抱き寄せ、低い声で言った。「伽月だけじゃない、君が恋しかった」
その言葉の裏には、自分も彼女を想っていたという意味が込められていた。
たった今、彼女の受賞シーンの生中継を見たばかりなのに。
坂本加奈は横を向いて彼の頬にキスをした。「これでいい?」
黒川浩二の目に笑みが浮かんだ。
野村渉がドアを閉めようとした時、遠くでフラッシュが光るのを目の端に捉え、急に冷たい眼差しになった。
坂本加奈は何かを察知し、静かに尋ねた。「どうしたの?」
野村渉は振り返って言った。「パパラッチがいます。対処してきますので、ご主人様とお奥様は少々お待ちください」
坂本加奈は外を見上げたが、何も見えなかった。静かな声で言った。「もういいわ。彼らも仕事をしているだけだから」
どうせ大したことは撮れていないし、悪い記事にはならないだろう。
野村渉は黒川浩二を見て、彼が反応しないのを確認すると、承知しましたと頷いた。