佐藤薫はホテルに戻っても角田春樹に電話をかけることを急がず、バスルームでシャワーを浴び、長いTシャツに着替えてソファに座って呆然としていた。
脳裏には、角田春樹と付き合い始めた頃の光景が自然と浮かんできた。
当時彼は投資銀行のエリートで、ぴしっとしたスーツ姿で、顔立ちは黒川浩二たちには及ばないものの、整った顔立ちと穏やかな性格が取り柄だった。
彼女が誤って彼にぶつかり、コーヒーを服にこぼしてしまった時も、怒るどころか笑顔でコーヒーをおごってくれた。
その後、角田春樹は彼女をよくデートに誘い、ショッピングや散歩、サーフィンやオーロラ観賞に連れて行ってくれた。情熱的な追求ではなかったが、心地よい雰囲気で、いつの間にか佐藤薫は彼に心を開いていた。
人間性をそれほど卑劣に考えたくなかったし、好きな男性をそのように疑いたくもなかった。しかし、角田春樹が帰国してから、何か目に見えない形で変化が起きていた……
知っていた男性が徐々に見知らぬ人になっていくようだった。
このままでは、自分と角田春樹がどこまで一緒に歩んでいけるのか、本当に分からなくなっていた。
突然電話が鳴り、佐藤薫は我に返って画面を見ると角田春樹からだった。少し躊躇した後、電話に出た。
「もしもし」彼女は小さな声で答えた。
電話の向こうの角田春樹の声は、いつもと変わらず落ち着いていた。「蘭、仕事が終わったよ。今どこにいるの?」
「私は……ホテルにいるわ」佐藤薫は気分が落ち込んでいて、声も元気がなかった。
「蘭、声が変だけど、具合でも悪いの?」角田春樹は心配そうに尋ねた。
「ううん、私はただ……」佐藤薫は否定したが、言葉を途中で止めた。
「じゃあ、マンションに来ない?今夜は僕が料理を作るよ」角田春樹は彼女の様子がおかしいことに気付かないふりをして、嬉しそうに言った。「前のビッグプロジェクトがようやく終わったから、今夜はちゃんとお祝いしよう」
佐藤薫は少し黙った後、ゆっくりと息を吐いて「うん、後で行くわ」と答えた。
「気を付けて来てね」角田春樹は彼女が来ることを確認して喜び、電話を切った。
佐藤薫は携帯を置くと、無理に元気を出してクローゼットからローズレッドのワンピースを選んで着替え、携帯とバッグを持って出かけた。