海野和弘は彼女を一瞥し、淡々と言った。「痛いなら叫んでいいよ。我慢する必要はない」
黒川詩織は伏せた瞼を上げ、光を失った瞳で彼を見つめたが、一切声を出さず、赤くなった目尻を再び下に向けた。
海野和弘はもう何も言わず、手慣れた様子で素早く傷口を包帯で巻いた。
「もう帰っていいよ」
黒川詩織はゆっくりと顔を上げ、かすれた声で「ありがとうございます」と言った。
海野和弘は血の付いた消毒綿をゴミ箱に捨て、彼女を横目で見たが、黙ったままだった。
彼女は彼の意図を理解し、少し躊躇してから小声で尋ねた。「私...一晩だけここに泊めていただけませんか?」
海野和弘は眉をしかめ、即座に彼女の要求を断った。「だめだ」
医者と患者は距離を保つべきだ。
黒川詩織は俯き、小声で言った。「ありがとうございます。治療費は後ほどお支払いします」
怪我をした手で車椅子のリモコンを操作し、立ち去ろうとした。
海野和弘は彼女が着ているドレスを見て、携帯電話も持っていないこと、普段の運転手も付いていないことに気付いた。
「ちょっと待って」
結局、彼女を呼び止めた。
黒川詩織は車椅子を回転させ、顔を上げて彼を見た。
「休憩室を一晩使っていいよ」海野和弘は無表情で言った。
黒川詩織は一瞬驚いた後、感謝の言葉を述べた。「ありがとうございます」
海野和弘は返事をせず、物を元の位置に戻し、自分のオフィスの冷蔵庫から水を一本取り出して彼女に渡した。
また一つ「ありがとうございます」という言葉が返ってきた。
海野和弘は身を翻して立ち去ろうとした。普段は診療所に泊まることはない。
黒川詩織は狭い休憩室に留まった。シングルベッドが一つ、漢方医学の本が置かれた小さな丸テーブル、ドアの後ろにフックが一列、それ以外には何もなかった。
一晩中騒がしかったせいで心身ともに疲れ果て、シングルベッドに横たわると、目を閉じた途端に森口花が松岡菜穂を抱きかかえて去っていく光景が脳裏に浮かんだ。
あのような焦りと心配、まるで天が崩れ落ちるかのようだった。
涙が音もなく目尻から流れ落ち、枕を濡らした。
一晩中眠れなかった。
夜が明けかけた頃、彼女はベッドの隅で体を丸めて座り、目は赤く腫れ、顔色も極度に憔悴していた。
どれくらい時間が経ったのか分からないうちに、ドアをノックする音が聞こえた。