第572章:おめでとう、森口社長

「ママ」という一声で黒川詩織の顔に笑みが浮かび、思わず声が柔らかくなった。「ママは外で忙しいの。仕事が終わったら帰って会いに行くから、いい子にしていてね」

向こうの小さな子は頑固に「ママ」と呼び続けていた。

黒川詩織はお手伝いさんに電話を代わり、いくつか指示を出してから、可愛い子を寝かしつけるよう頼んだ。

電話を切ると、彼女は頭を後ろに傾け、グラスの酒を一気に飲み干した。

部屋に戻って休むことにした。

***

森口花は病院の病室で松岡菜穂に一晩付き添った後、翌朝早く出発した。

まず家に帰ってシャワーを浴び、きれいな服に着替え、それから秘書に黒川詩織がいつ戻ってきたのか、今どこに住んでいるのか調べるように指示した。

会社に着くと、秘書が報告に来た。黒川お嬢様がいつ戻ってきたのか誰も知らず、黒川家でさえ連絡を受けていないとのこと。黒川お嬢様は現在黒川家には戻っておらず、具体的な居所はまだ調査中だという。

森口花は椅子に寄りかかり、まぶたを下げ、何かを考えているようだった。

秘書は数秒躊躇してから、さらに言った。「社長、村上グループから新しい担当者が派遣されてきましたが、挨拶に行くべきでしょうか?」

一年前、森口花は自身の会社、翔鶴ホールディングスを設立した。

当初は彼と黒川グループとの確執を懸念し、黒川浩二の報復を恐れる人もいたが、しばらく様子を見ても黒川グループが彼を標的にする様子はなく、安心して協力するようになった。

いくつかの優れた投資案件により、今では墨都でも若手実業家の代表的存在となっていた。

村上コーポレーションは資金力が豊富で、もし協力できれば、会社の発展をさらに一段階上げることができるだろう。

「相手の秘書にお茶をご一緒したい旨を伝えて、時間を調整してくれ」

秘書は承知しましたと答え、すぐに外に出て電話をかけに行った。

5分後、秘書はノックして入室し、躊躇いがちな表情で「社長、先方の秘書は断ってきました」と告げた。

森口花は手元の資料を置き、この結果にさほど驚いた様子はなかった。帝都から派遣されてきた人物なのだから、高慢な態度も当然だろう。

「構わない。仕事に戻ってくれ」