第598章:地獄は寒すぎる

「森口社長……」田中静佳は慌てて、急いでしゃがんで彼を支えようとした。

黒川詩織は振り返りもせずに車に向かって歩いた。

田中静佳は思わず彼女の背中に向かって叫んだ。「森口社長はもう二度と立ち上がれないんです。」

黒川詩織は車のドアに手をかけたまま一瞬止まり、背を向けたまま振り返らず、相変わらず冷たい声で言った。「これが彼の報いよ。」

車に乗り込みながら、「野村さん、発進して。」

野村渉は一瞬の躊躇もなく車を発進させ、ゆっくりと本線に合流した。黒川詩織は最後まで地面に倒れている森口花を見ることはなかった。

一目も。

海野和弘は車窓越しに地面で惨めな姿になった男を一瞥した。かつての清廉さはもはやなかった。

全身泥まみれで、もう洗い落とせないほどに。

***

田中静佳は通行人の助けを借りて、苦労して森口花を車椅子に乗せ、病院に戻ると森口花は発熱し始めた。

高熱が下がらなかった。

手のひらの傷も炎症を起こしていた。

森口花は熱で朦朧としながら、口の中で呟き続けた:詩織、詩織……

松岡菜穂はベッドの傍らに座り、彼が黒川詩織の名を呼び続けるのを見つめながら、表情は静かで、何の反応も示さなかった。

田中静佳はタオルを絞りながら、彼の顔を拭き、ベッドサイドの女性を一瞥した。

「松岡お嬢様、お体の具合が悪いのでしたら、先にお休みになられては?森口社長のことは……」

言葉が終わらないうちに、「パン」という音とともに、頬が横を向き、ヒリヒリと痛んだ。

田中静佳の目には信じられない思いと抑えきれない怒りが渦巻いていた。

立ち上がった松岡菜穂は腕を引っ込め、彼女の手からタオルを奪い、ゆっくりと丁寧に森口花の指を拭きながら、相変わらず優しい声で言った。「これからもし余計なことをして、するべきでないことをしたら、あなたの顔に落ちるのは平手打ち一発では済まないわよ。」

田中静佳は歯を食いしばり、怒りを必死に抑えて平手打ちを返さないようにした。

「出て行きなさい。ここにはあなたは必要ないわ。」松岡菜穂は再び口を開き、優しい声の中に背筋が凍るような不気味さが混じっていた。

田中静佳は昏睡したままの森口花を一目見て、何も言わずに病室を後にした。

松岡菜穂の目には深い軽蔑の色が走り、森口花を見る目は次第に歪んでいった。