温井琴美は突然口を開いた。「この方は細川奈々未先生ですね。先日『仮面歌手』に出演されていて、テレビで拝見しました」
五十嵐孝雄は音楽界のことしか気にしていなかったが、細川奈々未という名前を聞いて表情が変わった。
五十嵐津由子は芸能界のことしか気にしていなかったので、そういった歌番組は見ていなかった。だから細川奈々未の名前は聞いたことがあっても、素顔は見たことがなかった。
沢井恭子は番組で素顔を明かした後、中島誠司に頼んで話題性を抑えてもらった。番組を見る以外では、ネット上で彼女の写真を見つけるのは難しかった。
そのため、五十嵐津由子と五十嵐孝雄は彼女の正体を知らなかった。
今になって分かり、五十嵐津由子は口を尖らせた。「作曲家の一人に過ぎないじゃない?」
温井琴美は笑いながら言った。「津由子さん、そんなこと言わないで。細川奈々未先生は単なる作曲家じゃないわ。音楽家でもあるのよ。ピアノもバイオリンも素晴らしく演奏できるのよ」
沢井恭子には温井琴美が自分を褒める理由が分からなかった。
なぜなら、温井琴美から善意を感じ取ることができなかったからだ。
その時、五十嵐孝雄が突然冷笑して言った。「西洋かぶれ!西洋の楽器がそんなにいいのか?我が華国は五千年の歴史があり、古琴こそ最高なんだ!」
彼らの学校では、古琴は民族音楽科に属していた。
ピアノ科と管弦楽科の学生たちは、民族音楽科を見下していて、田舎くさいと思っていた。しかし五十嵐孝雄は古琴のファンで、大学でも古琴を学んでいた。
本来なら、それぞれが好きな楽器を学べばよかったのだが、管弦楽科の人々が彼らを見下すため、彼は反発心を持ち、西洋楽器を崇拝する人々を軽蔑していた。
細川奈々未がどんなに凄くても、どうだというのか?
彼の目には、五年前にブレイクした本田葵こそが最高だった!
当時、細川奈々未のピアノ曲が発表されると、全国の音楽学院で議論が巻き起こった。ピアノは高尚で、民族音楽はダメだと言われ、そこで本田葵が現れた。
古琴で『高山流水』を演奏し、たちまち皆を納得させた。
当時は「西の細川、東の本田」と言われた。
しかし、本田葵は演奏動画を数本投稿しただけで、顔も見せず、まるでアカウントのパスワードを忘れたかのように、それ以降二度とWeiboにログインすることはなかった。