第144話 せいぜい1人のファンを失うだけ

奥野実里は嫌そうな顔で小田百蔵の話を遮った。「ゲームなんかしてる場合じゃないでしょう。みんな出て行きなさい。こんなに大勢が詰めかけて、部屋の空気が悪くなってるわ。患者はゆっくり休めないじゃない」

病室には8、9人が立っており、みんながペチャクチャと喋り続けていた。患者がゆっくり休めるはずがない。

奥野実里は追い出し始め、最初に追い出されたのは小田百蔵だった。

佐藤おばあさんも口を開いた。「もういいわ、この話は後にしましょう。おりこはまだ具合が悪いのだから」

そう言うと、おばあさんは入口に立ち尽くす佐藤直樹に向かって言った。「実の妹なのよ。骨は折れても血は繋がってるのだから、物事は良い方に考えなさい。変な考えに囚われて、心を曇らせてはいけないわ」

佐藤おばあさんは具体的には言わなかったが、事情を知っている人なら、その言葉の意味を理解できただろう。

佐藤直樹は一度、佐藤和音のことを悪く考えてしまった。二度目があってはならない。

佐藤おばあさんは、佐藤直樹が妹を信じ、心の中の悪い考えを捨て去ることを願っていた。

佐藤賢治は身を屈めて、ベッドの上の佐藤和音に優しく言った。「和音、お父さんとお兄さんは先に帰るよ。夜、仕事が終わったらまた来るからね。ゆっくり休んでね。学校の方は兄さんが電話で休みの連絡を入れておいたから、心配しなくていいよ」

「うん」佐藤和音は小さく返事をした。

その一言で佐藤賢治の心は何故か刺されたように痛んだ。

娘は素直に返事をしてくれたが、なぜか二人の間には遠い距離があるように感じられた。

佐藤賢治はしばらく躊躇してから、長男と一緒に病室を出た。

みんなが順々に佐藤和音の病室を出て行く時、佐藤明人は佐藤家本邸の執事に言った。「執事さん、後で戻る時に着替えを一式持ってきてください」

彼はまだ着替えていなかった。

念のため、佐藤和音は今夜も入院することになっていた。

佐藤明人は今夜、病院に泊まって付き添うつもりだった。

どうせここ二日は予定がなく、夜はメンバーとの練習の約束があったが、今は事情があるので彼らをドタキャンするしかなかった。

佐藤明人が話し始めると、奥野実里は突然目を細めた。

この声がとても聞き覚えがある!

こんな魅力的な声は一度しか聞いたことがない!

奥野実里は振り返って後ろを見た。