佐藤明人も近寄ってきた。「小さな鼻たらし、どうして隼人だけを呼んで、私のことを呼ばないの?」
佐藤明人は最近コンサートの準備で忙しく、夜は実家に帰ることが少なく、帰っても深夜になってしまい、佐藤和音と顔を合わせることはなかった。
妹が優しく隼人兄と呼ぶのを聞いて、自分のことを呼ばないことに、佐藤明人は大いに不満を感じた。
年齢順で言えば、従兄の自分が先なはずなのに。
佐藤明人はただ妬いているだけだった。
部屋にいる佐藤正志の顔は真っ暗になった。
実の兄である彼は、妹が兄と呼んでくれなくなってどれだけ経つかわからない。
佐藤直樹もこの時、何か異様な感情を抱いていた。
それがどんな感情なのか、自分でもうまく説明できなかった。
以前は佐藤和音を憎み、自分の手に希望がないと思い、他のことは考えないようにしていた。
むしろ、妹との思い出の一つ一つを綺麗さっぱり忘れようとしていた。
残っていたのは憎しみだけだった。
そして今、手術は成功し、人生に希望が見えてきた。
彼が埋葬していた記憶も一緒によみがえってきた。
あの日、彼女が怒って理不尽に彼を階段から突き落とす前まで、彼らの関係は悪くなかった。
彼も彼女に譲り、守ってあげようとしていた。
原詩織との付き合いを禁止する彼女の態度が理不尽だと思っていた。
しかし、冷静に考えてみれば、それは彼女が兄のことを気にかけていたからこそ、他の同年代の女の子と親しくなることを望まなかったのだ。
ただ、その時の彼は原詩織のことが好きで、原詩織に大きな好意を持っていた。
妹のそういう行動があまりにも横暴で理不尽だと感じていた。
実際、もっとうまくコミュニケーションを取ることができたはずだ。
妹が彼と口論した時、彼はもっと良い方法で説明することができたはずなのに、頭に血が上って一緒に喧嘩してしまった。
今では原詩織への好意も完全に消えてしまっているというのに。
その感情的な縛りがなくなった今、佐藤直樹があの出来事を振り返ってみると、あの口論は全く必要なかったように思える。
妹と喧嘩するべきではなかったと思う一方で、自分も妹と争うべきではなかったのではないか。
拍手には両手が必要なように、喧嘩は二人の怒りであって、一人だけのものではない。
人間とは時としてこんなに不思議な生き物だ。