14歳への逆行

柔らかな春の日差しが、カーテンの隙間から白いシーツの上へと、ぽつりぽつりと降り注いでいる。ベッドに横たわる少女の顔色はやや青白く、額に滲んだ細やかな汗が絹糸のような髪を濡らし、乱れたまま頬に張り付いていた。

眉根が浅く寄せられ、意識が混濁するなか、馬場絵里菜は自分の頭が鉛を詰められたかのように重く、神経がずきずきと微かに痛むのを感じていた。まるで、破裂してしまいそうな感覚。背中には石のように硬いマットレスが当たり、じわりと痛みが走る。汗でじっとりと湿った下着が肌に張り付いて、ひどく不快だった。まつ毛がかすかに震え、馬場絵里菜(まば えりな)はようやく、重い瞼をゆっくりと押し上げた。

ぼうっとした意識のなか、まず目に飛び込んできたのは、黄色い塗装が剥げ落ちた古びたタンス。ベッド脇の簡素な手作りのサイドテーブルには、青みがかったガラスの花瓶が置かれ、枯れかかった水仙が一輪、弱々しく揺れている。そして、ちびまる子ちゃんの形をした目覚まし時計が、大きな目玉でじっとこちらを見つめていた。

瞬間、脳裏に白い閃光が走ったかのようだった。萎えかけていた精神が一気に覚醒し、まだ弱りきった身体だったが、絵里菜は思わず「びくっ」とベッドから身を起こした。

ぐるりと周囲を見渡す。ここは自分が京都で暮らしていた高級マンションではない。けれど、この白いシーツも、薄いレースのカーテンも、部屋にある一つ一つの調度品も、あまりにも見覚えがありすぎた。

ここは自分の家じゃない。京都ですらない。ここは…子供の頃から育った、東京の実家!

信じられない!絵里菜は目の前の光景を、ほとんど呆然自失といった面持ちで見つめていた。どうして自分がここにいるの?この古い家は、とっくに立ち退きで取り壊されたはずじゃ…?

そして自分は…

絵里菜は目を閉じ、意識が途切れる前の出来事を懸命に思い出そうとした。自分はこの古い家で17歳まで暮らし、京都の大学に進学した。19歳の時、母が癌で亡くなった。兄は絵里菜の学費を稼ぐために、建設作業のチームについて地方へ出稼ぎに行ったけれど、不慮の事故で…彼もまた、この世を去ってしまった。こうして、絵里菜の人生で最も大切な二人の家族が相次いで彼女のもとを去り、大学3年生の絵里菜だけが遺されたのだ。

けれど、それで完全に打ちのめされることはなかった。しばらく悲しみに沈んだ後、絵里菜は強く、これからの人生に一人で立ち向かうことを選んだ。

兄の死に際して、建設現場からはいくらかの補償金が支払われた。ちょうどその頃、古い実家の立ち退きも重なり、絵里菜は少なくない立ち退き料を手にした。そのお金を元手に、絵里菜は持ち前の非凡な先見性と才覚、そして手腕を発揮して、京都での起業の道を歩み始めた。まるで商売に関して天性の鋭さを持っていたかのように、わずか数年で、絵里菜は京都の不動産業界で目覚ましい成功を収め、何十億円の資産を持つ女社長にまでなっていた。

脳裏に焼き付いた最後の記憶――。運転手が運転する車で、取引先との契約に向かう途中だった。交差点で、隣を走っていたトラックが、突然、横転して…

じゃあ…私は、死んだの?

目を開けると、そこには自分を混乱させながらも、同時に懐かしさを感じさせる光景が広がっている。それとも、あのあまりにもリアルだった私の人生は、全てただの夢だったのだろうか。

ベッドから降り、絵里菜は慣れた足取りでタンスの前へ行き、その扉を開けた。扉の内側には鏡が取り付けられている。鏡に映る自分は顔色が悪く、痩せていて、大病を患った後のようだった。でも、これも紛れもなく、かつての自分の姿なのだ!

そっと自分の頬に手を伸ばし、触れてみる。その感触はあまりにもリアルで、確かなものだった。その事実に、絵里菜は思わず涙がじわりと込み上げてくるのを止められなかった。

タンスの一番上には、高校時代の制服が畳んで置かれていた。古臭いデザイン、でも、懐かしい色合い。

その時、突然、家の外でドアが開く音がした。絵里菜の心臓が「ドキッ」と跳ね、身体が意思とは無関係にぶるぶると震え始めた。

足早に部屋のドアまで駆け寄り、勢いよく開け放つ。狭いリビングでは、細田登美子(ほそだ とみこ)が手に持っていた果物を置いているところだった。物音に気づいて振り返り、娘が下着姿で、憔悴した様子でドアの前に立っているのを見て、思わず驚きの声を上げた。「まあ、絵里菜!どうしてそんな格好で降りてきちゃったの。早く部屋に戻って休んてなさい。また風邪を引いちゃうわよ」

言いながら、登美子は足早に絵里菜のもとへ歩み寄り、部屋へ連れ戻そうと手を伸ばした。だが、娘が突然、自分に抱きついてくるとは思わなかった。

「お母さん!」

その「お母さん」という一言に、まるで絵里菜の全ての力が込められているかのようだった。もう自分を抑えることができず、母親の胸の中で堰を切ったように、声を上げて泣きじゃくった。

絵里菜の記憶では、物心ついた頃から、母は夜のお店で働く仕事をしていた。世間から見れば、決してまともとは言えない仕事。そのせいで、母は近所の人たちから少なからず陰口を叩かれ、果ては母方の祖父や叔父といった、いわゆる親戚でさえ、彼ら家族とは必要以上の関わりを持とうとしなかった。

それだけでなく、母は家からほど近い通りに小さな店舗を借りて、毎朝早くから揚げものを売る、朝食屋も営んでいた。そんな生活を、母はもう十数年も繰り返していた。ただ、自分と兄を育てるためだけに。

父親について、絵里菜も兄も知らなかった。母が話さないので、彼らも尋ねなかった。彼女の心の中では、母と兄だけが最も大切な存在だったのだ。

けれど、19歳の時、運命は再び彼女に残酷な悪戯をした。母が末期の肝臓癌だと診断され、わずか2ヶ月後にこの世を去ったのだ。ただでさえ苦しい家計に、それは更なる追い打ちをかける出来事だった。しかも、京都の大学に通っていた絵里菜は、母の最期に立ち会うことさえできなかった。

今、母の身体から漂う懐かしい香りに包まれながら、絵里菜は崩れ落ちそうになるほど泣き続けた。もし、この全てが夢なのだとしたら、自分が持っている全てと引き換えにしても、この夢から醒めないでほしい、と切に願った。

一方、登美子は娘に突然抱きしめられて一瞬驚いたが、すぐに我に返り、あやすように優しく背中を叩いた。「よしよし、絵里菜。どうしたのよ、そんなに泣いて。ほら、早く横になりなさい。熱が下がったばかりなんだから、またぶり返しちゃうわ」

娘の泣き腫らした目を見て、登美子は思わず愛おしそうに微笑んだ。「お医者様がね、ショックで少し不安になるかもしれないって言ってたけど…まさかこんなに波が大きいなんてねぇ。お母さん、あなたがこんなに泣くなんて初めて見たわ」

涙を拭い、すぐには気持ちを落ち着かせられないながらも、絵里菜は平静を装って言った。「お母さん、シャワー浴びたいな。汗でべたべたして気持ち悪いから」

「ええ、いいわよ。じゃあ、先にシャワー浴びてらっしゃい。お母さんがシーツを替えておくわ。きっと汗で湿ってるだろうしね」

登美子は、娘がこれほど取り乱しているのは、よほどのショックを受けたからだろうと思い、特に深くは考えなかった。

バスルームでは、古びたシャワーヘッドから水がちょろちょろと流れ落ちている。その水流に打たれながら、絵里菜の心も次第に冷静さを取り戻していった。

今は2002年の早春。自分が交通事故に遭った時から、実に12年もの時を遡っている。そして、これは夢ではない。自分は本当に12年前、14歳の自分に戻ったのだ!

だが、このやり直しの人生で、もし何も変えられないのなら、この機会に何の意味があるというのだろう。だから絵里菜は拳を握り締め、固く誓った。今度こそ、絶対に。若くして亡くなった母と兄を救い、家族の暮らしを変えてみせる、と。