妹を命より大切にする兄

早春の夕暮れはまだ肌寒い。特に、ここ東京が日本経済の中心都市であることを考えると、なおさらだ。

絵里菜は毛布にくるまってリビングのソファに座っていた。目の前のテーブルには、湯気の立つ温かい食事が並んでいる。トマトと卵の炒め物、酢豚、そして乳白色になるまで煮込まれた魚の頭と豆腐のスープ。

料理の傍らには、綺麗に洗われた赤いリンゴが二つ。見るからに、果物屋で一番高い種類のものだ。母はいつもこうだった。家計は決して豊かではなかったけれど、食べることと、私の学業に必要なものに関しては、いつもできる限り最高のものを与えようとしてくれた。

登美子はとっくに仕事に出かけてしまっていた。絵里菜は一人で夕食を終えると、きれいな服に着替え、髪をポニーテールに結び、鏡で身なりを整えてから靴を履いて家を出た。

四、五月の東京は、まるで晩秋のように湿っぽく冷える。絵里菜はコートの前をしっかりと合わせ、歩きながら、子供の頃の記憶にある懐かしい風景を目で追い、思い出に浸っていた。

東京は本州に位置し、日本一番の都会であり、重要な貿易拠点であり経済の中心都市でもある。市内はいくつの大きな区に分かれている――港区、世田谷区、足立区、北区、目黑区そして他のだ。

中でも最も賑やかな中心地は港区だが、絵里菜の家は足立区にある。そこは「貧民街」とも呼ばれるような場所だった。足立区の住民の多くは生活が苦しく、区全体を見渡しても高層建築は数えるほどしかない。ほとんどが平屋か、せいぜい二、三階建ての民家ばかりで、華やかな東京の中では、そこだけが場違いな雰囲気を醸し出していた。

歩くこと30分ほど。絵里菜は世田谷区にある「スターライトバー」の前で足を止めた。バーの入口には、バーの入り口には、いかにも「不良」といった風情の連中が三々五々集まっている。中からは、耳をつんざくような騒々しい音楽が漏れ聞こえてくる。絵里菜は心臓がどきどきするのを感じていたが、それ以上に、興奮と期待で胸が高鳴っていた。兄の馬場輝(まば ひかる)がここで働いているからだ。

前の人生では、兄は大学の学費をもっと稼ぐために、工事現場の作業班について建築現場に出ていた。肉体労働ばかりで、若さをすり減らすような日々だった。それなのに、まさか現場の高所からの落下物に命を奪われるなんて。絵里菜は今でも、兄の遺体と対面したあの光景を思い出すことすらできないでいる。

「嬢ちゃん、誰か探してんの?ここはガキが入るとこじゃねーぞ」

ちょうど正面入口にさしかかった時、傍らにしゃがんでいた金髪の男が、タバコを咥えたまま絵里菜を見上げて尋ねてきた。金髪の男は見かけこそ悪そうだったが、口調は意外にもまともだった。

絵里菜は立ち止まり、金髪の男を一瞥してから頷いた。「人を探してるんです」

それを聞いて金髪の男は立ち上がり、まず絵里菜をじろじろと眺め、タバコの煙を一服吸って吐き出してから、眉を上げて尋ねた。「誰を探してんだ?この時間はまだ客なんていねぇよ」

「お客さんを探しに来たんじゃないんです。馬場輝さんを探してます。ここで警備員をしているはずなんですけど」絵里菜は慌てて言った。

「へえ、輝を探してんのか!」金髪の男はそれを聞くと、意味ありげな視線を絵里菜に向け、にやりと笑って言った。「じゃあ、入り口で待ってな。呼んできてやるよ」

金髪の男がバーの中に入っていくと、絵里菜はようやく深く息を吐き出した。

スターライトバーは世田谷区でもかなり良い方のバーだ。若者たちはこういう場所に集まるのが好きで、近所で学校を中退したような男子も、こういう場所で働きたがる。仕事は夜だけで、1ヶ月もすれば2万円ほど稼げる。今の時代、二十歳そこそこの若者にとっては、決して少なくない収入だ。

兄の輝は絵里菜より4つ年上で、ちょうど18歳になったばかり。スターライトバーで警備員として働き始めてもう1年近くになる。兄は絵里菜をそれはもう可愛がってくれた。毎月の給料日には、いつもこっそり数万円を絵里菜にお小遣いとしてくれ、残りを母に渡し、自分はわずか数千円ほどしか手元に残さなかったことを、絵里菜はよく覚えている。

「ほら、あの白いセーターの嬢ちゃんだよ!」

バーのドアを出るなり、馬場輝はすぐに絵里菜を見つけた。そして、いきなり金髪の男の後頭部を軽く叩いた。「嬢ちゃんじゃねえ、バカ野郎!そいつは俺の妹だ!」

そう言うと、馬場輝は小走りで絵里菜の前に来て、まず心配そうに上から下まで見回してから言った。「病気が治ったばかりなのに外に出てきて!しかもここまで来て…」そう言いながら馬場輝は周りを見回し、また尋ねた。「どうやって来たの?歩いて?」

馬場輝は身長180センチもあり、太い眉と大きな目をした精悍な顔立ちで、話す時は眉をひそめ、眉間には絵里菜への心配が滲んでいた。

今の兄の姿を見て、絵里菜は再び前世との隔世の感を覚え、胸が温かくなり、鼻が酸っぱくなって、もう少しで泣きそうになった。

「どうしたの、絵里菜?兄ちゃんが話しかけてるんだぞ!」絵里菜が黙っているのを見て、輝の声はさらに緊張した様子になった。

絵里菜は急いで我に返り、言った。「大丈夫だよ、兄ちゃん。ちょっと散歩してたらここまで来ちゃって、兄ちゃんに会いたくなったの」

家は足立区にあり、ここは世田谷区だ。歩いて少なくとも30分はかかる。馬場絵里菜が本当に歩いて来たと聞いて、馬場輝は怒る気も失せ、ただ心配と心痛を感じるばかりだった。

「次郎、妹を送って行かなきゃならないから、東さんに休暇をもらってくれ」馬場輝は突然、離れたところで様子を見ていた金髪の男に向かって叫んだ。

金髪の男が了解のジェスチャーを返すと、絵里菜は申し訳なさそうに笑った。「兄ちゃんに迷惑かけちゃったね」

馬場輝はそれを聞いて、無奈く口元を緩めて笑った。「大丈夫だよ、週末じゃないからバーも暇だし、一人で帰らせるのも心配だし」

馬場絵里菜はすぐに前に出て馬場輝の腕に抱きついた。兄は背が高くがっしりしていて、安心感があった。彼女と母は以前からよく兄の腕を組んで歩くのが好きだった。

「これ、お前に買ったんだ」馬場輝は突然ポケットから小さな物を取り出し、絵里菜の前に差し出した。

絵里菜が見上げると、それはおだんごヘアーのヘアピンだった。

「ありがとう、兄ちゃん」嬉しそうに受け取りながら、絵里菜は顔を上げて満面の笑みを浮かべた。

馬場輝は口元を緩め、溺愛するような口調で言った。「夜市で偶然見つけたんだ。お前、桃が好きだろ?200円のものだから兄ちゃんに遠慮しなくていいよ」

「桃じゃなくて、おだんごヘアーだよ」絵里菜は笑って言った。

「はいはい、おだんごヘアー」

兄妹は笑い話をしながら、馬場輝のバイクへと向かった。

帰り道、絵里菜は後部座席に座って馬場輝の腰に手を回していた。東京の夜風が頬に当たって湿っぽく冷たかったが、この時の絵里菜の心は格別に温かく、かつてないほどの温かさだった。

その夜、就寝前に絵里菜は学校のカバンを整理し、制服を取り出してアイロンをかけた。数日前に転んで水に落ちて高熱を出し、学校を何日か休んでいた。今は体調も良くなり、前世で学んだことは今でもはっきりと覚えているものの、やり直すチャンスを得た以上、馬場絵里菜は学校に戻ることにした。そして明日から授業に出ることに決めた。

心理的なものかもしれないが、ベッドに横たわった絵里菜は寝返りを打ちながらなかなか眠れなかった。まるで目が覚めたら全てが消えてしまい、自分がまた成功したキャリアウーマンに戻ってしまい、もう二度と母と兄に会えなくなることを恐れているかのようだった。