第144章:下山

馬場絵里菜は本能的に顔を上げると、藤井空が気まずそうな表情で自分を見ているのが目に入った。

意外な気持ちがこみ上げてきた。記憶が正しければ、藤井空はずっと自分のことを快く思っていなかったはずだ。

昨夜の出来事で馬場絵里菜に対する認識が変わったのか、藤井空は気まずそうにしながらも、手に持っているものを差し出した。「俺たちはさっき食べたから、お前も食べろよ」

馬場絵里菜は深く考えずに、相手が好意を示してくれたのだから、受け取らない理由はないと思った。

眉を少し上げながら快く受け取り、「ありがとう」と一言添えるのも忘れなかった。

本当に少し腹が減っていたのか、パンは数口で食べ終わった。そのとき、橋本好美が回転ドアから優雅な姿でロビーに入ってきた。

「お母さん、林駆はどう?」馬場依子が真っ先に駆け寄り、開口一番、林駆の状態を心配する声を上げた。

他の人々も様子を見て次々と立ち上がり、周りに集まってきた。みんな林駆の状態を心配していた。

橋本好美は皆に微笑みかけ、優しく言った。「皆さん、ご安心ください。林駆に命の危険はありません。朝早くに第一病院に転院させましたので、心配でしたら午後にお見舞いに行けますよ」

その場にいた全員が安堵のため息をつき、馬場絵里菜も密かに胸をなでおろした。

もし自分が林駆にプレゼントしたペンが原因で事故に遭っていたら、馬場絵里菜は自分をどう持て余せばいいのか分からなかっただろう。

幸い、大事には至らなかった。

橋本好美は車を手配して彼らを山から送り届けることにし、この件については馬場家が最後まで責任を持つと約束した。補償の要否や金額については、会社での協議後に決定されることになった。

馬場絵里菜と高橋桃以外は皆裕福な家庭の子女で、補償金など気にも留めていなかった。今は命に別状がなく、無事に帰れることだけで十分満足していた。

山を下りた後、馬場絵里菜は運転手に家まで送ってもらうことを断り、広場で一人降車し、皆と別れた後、徒歩で白川昼の住まいへと向かった。

今家に帰っても誰もいないだろうし、昨日の避難の際に家の鍵も忘れてきてしまった。午後には会社の幹部との会議もあるので、直接白川昼のところへ行くことにした。