第307話：面白いと思ったから

田中海は頭が真っ白になり、体から力が一瞬で抜け落ちたかのように、虚ろな目で長い間我に返れなかった。

田中奈々は恐怖に震えた。先ほどの人の言葉が本当に的中したのだろうか？

彼らの会社が破産したの？

「お父さん、お父さんどうしたの！」田中奈々は田中海の腕を掴んで、泣きながら呼びかけた。

田中海は途方に暮れた表情で右往左往し、やがてゆっくりと立ち上がったが、その体は柳の枝のように揺れ動いていた。

一瞬のうちに娘が殴られた件も、井上裕人が値段を提示するよう求めたことも忘れ、頭の中には「終わった」という二文字しかなかった。

すべてが終わってしまった！

今や物事を考える能力さえ失い、何千万もの資産が一瞬にして灰燼に帰し、まるで夢から覚めたかのように、自分が何も持っていないことに気づいたのだ！

馬場絵里菜はそんな田中海を見て眉をひそめた。この人は確かに憎たらしいが、今の懲罰は彼にとってあまりにも厳しすぎるのではないか。

これは彼女と田中奈々との間の揉め事に過ぎないのに、家族にまで災いが及ぶべきではない。それなのに井上裕人は一本の電話でブルーシー株式会社を破産させてしまった。

馬場絵里菜は自分が優しい人間だとは思っていなかったが、田中海が今日の地位を築くまでには何年もの努力と心血が注がれているはずだ。こんな一件で全てを失うのは、あまりにも惜しい。

同情の念が芽生え、馬場絵里菜は井上裕人に現状を改善するよう頼もうとした。

しかし彼女が口を開く前に、田中海は魂の抜けたような様子で生活指導室から飛び出していった。

「お父さん！」田中奈々は驚いて叫び、急いで追いかけた。

金谷希も当然二人の後を追った。

言葉が喉に詰まり、生活指導室には一瞬にして彼女と井上裕人、そして佐藤課長の三人だけが残された。

井上裕人は眉を少し上げ、軽くため息をついて言った。「どうやら問題は解決したようですね。」

そう言って立ち上がり、佐藤課長に向かって言った。「先生、お疲れ様でした。うちの絵里菜を連れて帰ります。」

佐藤課長もまだ驚きが収まらない様子だった。この少年は一体何者なのか？たった一本の電話でこれほど人々を驚嘆させることができるとは！