第367話：あなたたちに言わなかった

伊藤春は本当に驚いて、話しながら思わず左右を見回したが、細田登美子の姿が見えなかったので、我慢できずに尋ねた。「どうして...」

「おばさん、ここで何をしているんですか？」馬場輝は眉間にしわを寄せながら、伊藤春に尋ねた。

伊藤春の目に一瞬の戸惑いが浮かんだが、それでも正直に答えた。「面接に来たの」

彼女と細田仲男の離婚の時、細田お婆さんだけがその場にいて、お婆さんが帰れば当然細田お爺さんに話すだろう。しかし、他の人たちについては、伊藤春は細田お婆さんが話すかどうかわからなかった。

特に細田登美子と細田芝子の家族については、伊藤春は細田家に嫁いで長年、家の事情をよく知っていた。二人の老人は普段二人の娘とほとんど付き合いがなく、彼女と細田仲男の離婚のことは、他の人々は知らない可能性が高かった。

しかし、繊細な馬場絵里菜は、たとえ伊藤春と細田仲男の離婚のことを知らなくても、この状況が尋常ではないことを感じ取っていた。そうでなければ、おばさんが自分の会社で重役を務めているのに、なぜ彼らのエンターテインメント会社に面接に来るのだろうか？

「おばさん、ちょっと話をしませんか？」馬場絵里菜が突然口を開いた。

これだけ多くの人の前でおばさんと昔話や雑談をするわけにはいかないし、何が起きているのか、はっきりさせる必要があった。

伊藤春は前世で彼らの家族に恩があった。母が肝臓がんで入院していた時、彼女だけがこっそりと5万元を持ってきてくれた。あの時、彼らにとってそれは雪中の炭のような助けだった。馬場絵里菜は彼女の恩を常に覚えていた。

だから、伊藤春がどんな理由で自分の会社の面接会に現れたとしても、馬場絵里菜は見過ごすことはできなかった。

伊藤春はその言葉を聞いて困ったような表情を見せ、遠くのオフィスのドアを見上げた。明らかに、もし自分の名前が呼ばれたら、面接を逃してしまうことを心配していた。

馬場絵里菜はその様子を見て、安心させるような笑顔を伊藤春に向けた。「おばさん、心配しないで。この会社は私のものだから、休憩室に行きましょう！」

「な...なに？」

馬場絵里菜の声は大きすぎず小さすぎず、周りで面接を待っていた人々も皆顔を上げ、驚いた表情で見てきた。

伊藤春は驚きの表情を浮かべ、一瞬反応を忘れていた。