第387章:記憶の閃光

井上裕人は何も言わず、車のドアを開けて乗り込もうとした。

「裕人、ちょっと待って!」

背後から突然、井上延の声が聞こえ、井上裕人は動きを止めて振り返った。

来た人を見て、井上裕人は平然とした表情で「叔父さん、何か用ですか?」と尋ねた。

井上延は井上裕人の実の叔父だが、普段から甥の前で長老面をすることはできず、それどころかこの甥に対して何か得体の知れない恐れを抱いていた。それは恐らく井上裕人の陰鬱で読めない性格と関係があるのだろう。

今のように、井上裕人の表情から何も読み取れないとき、井上延はその不確実さに最も不安を感じるのだった。

笑顔は少し硬かったが、井上延は将来の井上財閥の後継者が井上裕人であることを知っていたので、今のうちに親密になっておく必要があった。それは将来のための布石だった。

言い換えれば、自分の子供たちのための布石でもあった。

「雪絵が帰ってきたら、叔父さんの家に遊びに連れてきてくれないか。」

最後に、井上延はそう言っただけだった。

井上裕人はそれを聞いて、拒否することなく、軽く頷いただけだった。

どうあれ、井上延は叔父なのだ。世渡り上手な性格ではあるが、それも悪いことではない。

井上延はその様子を見て、なぜか胸の内でほっと安堵し、表情も和らいで、急いで井上裕人に「気をつけて運転してくれ」と声をかけた。

井上裕人は車に乗り込み、すぐにエンジンをかけ、あっという間に夜の闇に消えていった。

井上延は立ち止まったまま視線を戻し、深いため息をついた。

兄が家を出て以来、この家で老会長の笑顔を引き出せる人物は、この甥だけになっていた。

兄の失踪により、自分が自然と老会長の後継者になれると思っていたが、明らかに老会長は次男である自分の能力をよく理解していて、60歳を過ぎても権力を手放す気配すら見せなかった。

最初、井上延の心には納得できない思いがあったが、これらの年月を経て、もう悟っていた。

彼は野心家ではなく、陰謀を企てる悪人でもない。ただ将来、自分の子供たちが井上裕人の庇護を受け、順調な人生を送れることを願っているだけだった。

それだけのことだ。

「古谷おじさん、今日は家族で泊まって、老会長と一日過ごしたいので、客室を二部屋用意していただけますか」井上延は考えを切り替え、古谷執事に向かって言った。