井上お爺さんの井上裕人と井上雪絵兄妹への愛情は、井上家の誰もが知るところであり、その愛情の大部分が井上家長男の井上松と深く関係していることも分かっていた。
あるいは井上松への愛情が、彼の二人の子供たちに向けられたのかもしれない。
しかし井上松という名前は、もう何年もの間、誰も井上お爺さんの前で口にすることができなくなっていた。
井上家長男の井上松は、卓越した才能と鋭い手腕を持ち、本来は井上お爺さんが最も期待していた井上財閥の後継者だった。だが八年前、井上お爺さんが引退して悠々自適な生活を送ろうと、財閥を井上松に譲ろうとした矢先、井上松は突然姿を消し、まるで蒸発したかのように、一切の痕跡を残さずに去ってしまい、それ以来、二度と戻ってこなかった。
井上お爺さんはあらゆる手段を尽くし、動員できる人をすべて動員したが、結局彼を見つけることはできなかった。