細田梓時は力いっぱい涙を拭ったが、返事はしなかった。
「お前も何か言ってくれよ!」細田仲男は焦り、黙り込んでいる伊藤春に向かって言った。
まさか、この機会に息子を奪おうとしているのか?
伊藤春は我に返り、ただこう言った。「私は関与しないわ。梓時に決めさせましょう。私のところに残りたければ残ればいいし、あなたと行きたければ止めはしないわ。でも、あなたは責任を持つと約束してちょうだい!半月も姿を消すなんて、それが父親のすることかしら?」
伊藤春に息子を説得してもらおうと思ったのに、かえって痛烈な非難を浴びることになった。
細田仲男は深く息を吸い、伊藤春の不満は聞き流し、ただ細田梓時をじっと見つめた。
最後に、切り札を出した。「パパと帰ろう。パパが謝るし、償いもする。何が欲しいか言ってごらん!」
やはり、この手は効果抜群だった。
「本当?」細田梓時はようやく顔を上げた。
「本当だよ!」細田仲男は頷いた。
車から降りた細田梓時は伊藤春の前に立ち、「ママ、じゃあパパと帰るね」と言った。
伊藤春は頷いた。離婚の際、息子の親権は細田家に渡されたのだから、無理に引き止めるわけにはいかない。ただこう言い添えた。「何かあったらすぐにママに電話してね。帰りたくなったらいつでも帰ってきていいからね。」
細田梓時は返事をして、細田仲男のベンツに乗り込んだ。
細田仲男は手提げから封筒を取り出して伊藤春に渡し、「これは2万円です。萌の養育費です」と言った。
伊藤春は彼を一瞥し、受け取ってから冷ややかに言った。「まだ少しは良心があるようね。」
細田仲男は伊藤春とこれ以上話したくなかった。振り返って細田萌の頭を撫でると、無言で車に乗り込み、そのまま発車した。
細田萌は涙目で父親の去っていく姿を見つめたが、必死に涙をこらえた。
確かに母親の方が親しみを感じるが、兄を偏愛する父親にも同じように愛情を抱いていた。
車の中で、細田仲男は尋ねた。「どうしてこんなに遅くまで帰って来なかったんだ?ママとどこに行っていたんだ?」
「馬場絵里菜の誕生日を祝いに行ってたんだよ」細田梓時は適当に答えた。
細田仲男は一瞬固まり、聞き間違えたと思ったのか、もう一度尋ねた。「誰の?」
細田梓時は面倒くさそうに目を回して言った。「馬場絵里菜だよ、パパの姪!」