この言葉が出た瞬間、数人の注目を集めた。
山田吉は特に驚いた様子で「彼女は他の事務所と契約したの?どこの事務所?」
アシスタントは首を振って「それは私もよく分からないんです。エキストラの人たちが集まって話しているのを聞いただけなんです。ご存知の通り、夏目沙耶香さんは普段からエキストラの方々と仲が良いので、情報は信頼できると思います」
「この子、頭がおかしくなったんじゃないの?細田鳴一の事務所と契約しないなんて。それじゃ、いいドラマの仕事を全部無駄にするようなものでしょう?」菅野東は冷笑しながら言った。
やっぱり若くて、まだまだ未熟なんだな!
「新田愛美の事務所とも契約しなかったなんて、本当に意外ですね」もう一人のアシスタントも口を開いた。
山田吉は我に返り、しばらく考えてからつぶやくように言った。「干されることはないでしょう。だって彼女は夏目グループのお嬢様だし、細田鳴一にそこまでの力はないはず。でも細田鳴一の怒りを買ったら、これからの道のりは平坦じゃなくなるでしょうね」
「細田鳴一が若い女の子に対してそこまで怒るかどうかだな。あれだけ期待していた新人なのに」と菅野東は言った。
夏目沙耶香の事務所契約の話題は山田吉のチームの注意を完全に引きつけ、しばらくの間、盛り上がって話し合っていた。
撮影現場で、夏目沙耶香は一つのシーンを撮り終え、端に寄って水を一杯飲んだ。
この夏休みは、ほとんどの時間を撮影現場で過ごすことになる。期末試験前の撮影シーンは全て夏休みに延期され、細田鳴一は彼女のシーンを何本も追加した。今や撮影現場では、知らない人が見たら夏目沙耶香が主演女優だと思うほどだった。
「汗を拭いて、後でメイク直しましょう。二つ目のシーンまであと20分です!」豊田拓海は彼女に濡れタオルを差し出しながら、優しく声をかけた。
夏目沙耶香は笑顔でタオルを受け取り「ありがとう、拓海さん」と言った。
言い終わると、夏目沙耶香は豊田拓海の後ろを見上げ、新田愛美が笑顔で彼女の方に歩いてくるのが見えた。
反応する間もなく、新田愛美は近くまで来て「沙耶香ちゃん」と声をかけた。
夏目沙耶香は少し慌てた様子でタオルを背中に隠し、新田愛美を見つめながら敬意を込めて「愛美さん!」と答えた。