第604章：路上での誘拐

その夜襲を指揮した黒服の男が頷き、非常に恭しい口調で言った。「はい、ご主人様。あの男は異様でした。我々は5メートルの距離にいたのに、銃弾が全く外れるはずがないのです。」

今でもあの光景を思い出すと、命懸けの仕事に慣れているはずの彼らでさえ、冷や汗が止まらない。目の当たりにしなければ、とても信じられないことだった。

しかし、井上裕人はそれを聞くと、ゆっくりと口角を上げ、意味深な笑みを浮かべた。

「分かった」それ以上何も言うつもりはないようで、井上裕人は手を振り、彼らに下がってよいと合図した。

数人が去った後、井上裕人は一人でリビングのソファに座り、思考に沈んだ。

二年か。ついにこの日が来たか……

彼は一度も油断したことがなく、相手が東京に入った最初の一秒から、完全にその行動を把握していた。

今夜の襲撃は相手の実力を探るためだけのものだったが、どうやら自分の部下が油断しすぎたようだ。

深い瞳に感情は見えず、井上裕人は形のない威圧感に包まれていた。背後の窓の外に広がる果てしない夜の闇と相まって、まるで暗夜の帝王のように冷たく鋭い存在感を放っていた。

……

翌日の午前中、馬場絵里菜は井上雪絵からの電話を受けた。

少し意外だったが、予想の範囲内でもあった。もし全く連絡を取らないつもりなら、そもそも連絡先を交換する必要もなかったはずだ。ただ、馬場絵里菜はこんなに早く電話が来るとは思っていなかった。

井上雪絵はすぐに馬場絵里菜を井上家の邸宅に招くことはせず、午後に広場でタピオカミルクティーを飲もうと誘った。

馬場絵里菜は暇を持て余していたので快く承諾し、月島涼はいつものように同行した。

夏休み期間中、東京で最も人が多い場所といえば、ランドマークである広場だった。馬場絵里菜と月島涼の二人は20分早く到着し、噴水脇のベンチで待っていた。

天気は少し暑く、至る所に人がいて、見ているだけでより暑く感じた。

「月島、アイスクリームを二つ買ってきて」馬場絵里菜は月島涼の後ろの方向を指さした。

月島涼が振り返ると、近くにスイーツショップがあり、外には行列ができていて、みんなアイスクリームを買っていた。

頷いて、月島涼は立ち上がって向かった。

「絵里菜！」