その時、井上邸にて。
井上雪絵は数日前に井上邸に戻って住むようになった。井上邸は広かったが、どこにも家族の姿が見られ、それによって雪絵の心は徐々に落ち着きを取り戻していた。
最上階の寝室で、雪絵はベッドに半身を預け、小さな顔には悩ましい表情を浮かべていた。手にはピンク色の携帯電話を握り、連絡先には絵里菜の電話番号が表示されていた。
しばらく迷った後、雪絵は結局電話を脇に置いた。
事件から一ヶ月が経ち、雪絵自身もようやく恐怖から抜け出せたところだったが、彼女が最も心配していたのは自分ではなく、馬場絵里菜のことだった。
ただ、これら全てが自分が原因で起きたことを考えると、絵里菜に連絡する勇気が出なかった。
あの外国人の女性がナイフを持って絵里菜に向かっていく光景は、この期間中ずっと彼女を悩ませ続けた悪夢だった。その後気を失ってしまい、その後のことは分からないが、その一場面だけでも十分に自責の念に駆られるほどだった。自分が巻き込んだせいで、絵里菜は命を落とすところだったのだから。