空気が非常に湿っていて、暗雲が頭上に迫っているようだった。
しかし井上裕人が馬場絵里菜を足立区まで送り届けても、空からは一滴の雨も落ちてこなかった。
馬場絵里菜は美食の誘惑に勝てず、今夜はうっかり少し食べ過ぎてしまい、車から降りた後は話す力さえなく、庭に向かって歩きながら手を振り、それが井上裕人への「さよなら」の挨拶となった。
井上裕人は片手を車の窓枠に置き、笑顔で馬場絵里菜が家に入るのを見届けてから、笑いながら首を振った。
小さな体なのに、よく食べるな。
家に帰ると、馬場絵里菜はソファに直行して深く息を吐いた。お腹がいっぱいで苦しく、今は呼吸さえも海鮮の匂いがするような気がした。
しばらくすると、そのままソファで眠り込んでしまった。
目を覚ましたのは、外の雷の音に起こされたからだった。部屋の中は暗く、外では「しとしと」と雨音と轟く雷鳴が聞こえていた。