第721章:今、驚かされたわ

空気が非常に湿っていて、暗雲が頭上に迫っているようだった。

しかし井上裕人が馬場絵里菜を足立区まで送り届けても、空からは一滴の雨も落ちてこなかった。

馬場絵里菜は美食の誘惑に勝てず、今夜はうっかり少し食べ過ぎてしまい、車から降りた後は話す力さえなく、庭に向かって歩きながら手を振り、それが井上裕人への「さよなら」の挨拶となった。

井上裕人は片手を車の窓枠に置き、笑顔で馬場絵里菜が家に入るのを見届けてから、笑いながら首を振った。

小さな体なのに、よく食べるな。

家に帰ると、馬場絵里菜はソファに直行して深く息を吐いた。お腹がいっぱいで苦しく、今は呼吸さえも海鮮の匂いがするような気がした。

しばらくすると、そのままソファで眠り込んでしまった。

目を覚ましたのは、外の雷の音に起こされたからだった。部屋の中は暗く、外では「しとしと」と雨音と轟く雷鳴が聞こえていた。

起き上がって電気をつけると、壁の時計は午前1時半を指していた。

少しぼんやりした頭を揉みながら、馬場絵里菜は洗面所に行って身支度を整え、それから自分の部屋に戻ってベッドに入った。

……

翌日、市内のすべての高校で統一の始業テストが行われることになっていた。このテストの問題は教育局が統一して出題し、最終的な成績は市内のすべての高校生を一緒にランク付けされる。

伊藤春は朝早く車で細田萌を一中まで送り、それから車を会社に向けた。

おそらく雨の後で道が滑りやすくなっていたのと、伊藤春がハイヒールを履いていたせいで、車から降りて数歩歩いただけで足が滑り、予期せず体が後ろに倒れ始めた。

「あっ!」

伊藤春は思わず叫び声を上げ、会社のビル前で恥をかくと思ったが、突然背後から力強い腕が伸びてきて、彼女をしっかりと受け止めた。

バランスを崩した心臓はまだ激しく鼓動していたが、伊藤春は体の重心が安定したのを感じ、思わず大きく息を吐いた。

「春さん、大丈夫ですか?」磁性のある心地よい声が、少し笑みを含んで背後から聞こえた。

伊藤春はその声に聞き覚えがあると思ったが、すぐには思い出せなかった。体を起こして振り返ると……

その瞬間、驚いて足が慌てて二歩後ずさった。「橋本社長。」