午後、仕事を終えた伊藤春は一人で会社の前の交差点まで歩き、タクシーを拾おうとした。まずはショッピングセンターに行くつもりだった。
立ち止まってからそれほど時間が経たず、まだタクシーが通りかかるのも見えないうちに、一台のアウディが静かに伊藤春の前に停車した。
窓が下がり、橋本通が中から身を乗り出し、伊藤春に笑顔を向けた。「春さん、今日は車で来てないの?」
橋本通だと分かり、伊藤春は少し驚いたが、もう退社時間だったので、出くわすのも不思議ではなかった。
深く考えず、伊藤春は笑顔で頷いた。「メンテナンスに出してるの」
「どこに行くの?送るよ!」橋本通はそのまま申し出た。
伊藤春は少し戸惑い、心の中で恐縮しながらも丁寧に断った。「いいえ、橋本社長。帝京ショッピングモールに行くだけです。ここから四つ先の交差点ですから、タクシーですぐですよ」