山下言野は今年二十六歳だ。
普段接する女性といえば、山下おばあさんと白川露依おばさん、そして恋多き山下莉理くらいだった。
女の子の手を触るのは初めてだった。
ドキドキ。
心臓が制御不能なほど激しく鼓動していた。
頬は真っ赤に染まり、熱くなっていた。
山下言野は必死に落ち着こうとしたが、レンチを持つ手は制御不能なほど震えていた。
このまま震え続けたら、パーキンソン病なんじゃないかと疑うほどだった。
小林綾乃を見ると、相変わらず何事もなかったかのように平然としていて、声も淡々としていた。「大丈夫よ、江湖の人間が細かいことを気にする必要なんてないわ」
実は。
小林さんの手のひらには冷や汗が滲んでいた。
ふぅ!
落ち着け落ち着け。
彼女だって大きな場面を経験してきた人間なのだから。
それを聞いて、山下言野はほっと息をついた。
よかった。
変質者と誤解されなくて済んだ。
しかし、心臓の鼓動は一向に収まる気配がなかった。
一橋景吾は芝居を見るゴリラのように、目に八つ当たりの色を浮かべながら、黒武の耳元で小声で言った。「見ただろ!」
「何を?」黒武は好奇心を抱いた。
一橋景吾は続けた。「三兄貴の顔が真っ赤だぜ!」
黒武が振り向いて見た。
見なければよかった。
この一目で。
ちっ。
社長は顔が赤いだけでなく、首まで赤くなっていて、その赤みはワイシャツの奥まで続いていた。
一橋景吾は更に噂話を続けた。「三兄貴がこんなに純情だとは思わなかったな。手を触っただけでこんなに赤くなるなんて!間違いなく童貞だぜ」
最後には下品な笑みを浮かべた。
それを聞いて、黒武は目を丸くした。
山下言野の側で三年間過ごしてきて、彼が品行方正な人間だということは知っていたが、こんなに純情だとは知らなかった。
周りの金持ちは誰もが後ろ盾を持っているのに。
華やかな夜の世界。
愛人が三人も四人も五人も?
しかし山下言野はピラミッドの頂点に立ちながら、スキャンダルひとつなかった。実に珍しい!
黒武は好奇心から尋ねた。「社長は今まで恋愛したことないんですか?」
「一度もないな」
黒武はさらに驚いた!
あの高名なKさんが。
恋愛経験すらないなんて。
誰が信じるだろうか?
小林綾乃はティッシュを取り出して手のひらの汗を拭き、椅子に座った。