彼女の声は淡々としていたが、大橋治の額に冷や汗が浮かんだ。
小林綾乃の言葉はどういう意味だろう?
まさか…。
何かに気付いたのか?
監視室内で山下言野の視線が小林綾乃と合った。
スクリーン越しであっても、少女から漂う清冽さを感じ取ることができた。
山下言野は薄い唇を微かに上げた。
それを見て、一橋景吾は信じられない様子で言った。「兄貴、小林に気付かれたんじゃないですか?」
これは恐ろしすぎる!
小林綾乃はどうやって彼らの存在に気付いたのか?
山下言野は軽く頷いて、「ああ」
非常に確信的な返事だった。
黒武も驚いて、「小林さん、すごすぎますね!」
実際に目にしなければ、十七、八歳の少女にこんな能力があるなんて誰が信じるだろうか?
まだスクリーン越しだけだ。
小林綾乃は彼らの存在に気付いただけで、誰なのかまでは分からないはずだ。
そう言うと、小林綾乃はパーカーのフードを被って、カフェを出て行った。
スクリーンに映る彼女の後ろ姿を見つめながら。
山下言野の薄い唇に微かな弧を描いた。
この子はまだ、どれだけ多くの秘密を隠しているのだろうか?
しばし。
山下言野は立ち上がり、「帰ろう」
黒武と一橋景吾は彼の後に続いた。
二人は彼の後ろを歩きながら。
黒武は一橋景吾に向かって、声を潜めて言った。「ボスと小林さんが結んだ契約は不平等なんですよ。さっきなんで話を最後まで言わせてくれなかったんですか?」
「兄貴が知らないと思うのか?」
「じゃあ何なんですか?」黒武は問い返した。
山下言野が本当に分かっているなら、どうして同意するはずがない?
一橋景吾は黒武が若すぎると笑った。「兄貴が結んだのは契約じゃない。追妻の心得だよ」
目のある人なら誰でも、山下言野が小林綾乃に気があることは分かる。
黒武は眉をひそめた。「でもボスは結婚しない主義だって言ってましたよ」
結婚しない主義なのに!
どうして追妻なんてことがあり得る?
一橋景吾は黒武の肩に手を置いて、「黒武!意外と純粋なんだな。男の言うことを全部信じちゃって」
言い終わると、一橋景吾は感慨深げに付け加えた。「今時、お前みたいに純粋な男の子は少ないよ」
黒武は山下言野の後ろ姿を見上げた。
ボスは本当に小林さんのことが好きなのか?