「うん」山下言野はボタンを留めながら言った。「気をつけて行ってね」
「はい」
一橋景吾が顔を出して、「小林さん、送っていきましょうか?」
「結構です。南通りまで行くだけですから」
南通りはすぐ近くだった。
一橋景吾は笑いながら言った。「何かあったら電話してください」
「はい」小林綾乃は軽く頷いた。
——
花月マンション。
今日の城井家は大勢の客で賑わっていた。
4LDKの家でも座る場所が足りないほどだった。
城井お母さんは喜色満面で、親戚たちにお茶やお菓子を勧めていた。
城井沙織は書斎のピアノの前に座り、年下の弟や妹たちにピアノを教えていた。
「沙織ちゃんはすごいわね。ピアノは何級まで取ったの?」
質問したのは城井お母さんの遠い親戚の中村香で、世代的には沙織の伯母にあたる人だった。