安藤颯が反応する間もなく、山口小百合が杉本瑠璃の方へ歩いていくのが見えた。
実は噂の件は、まだ山口小百合の耳には届いていなかった。今日、杉本瑠璃が登校したことを聞いた後、彼は山口小百合に直接話そうと思っていたが、まだ話す前に杉本瑠璃と出くわしてしまった。
彼は最初、噂を広めさせて、みんなに自分が被害者だと信じさせてから、山口小百合に話そうと思っていた。山口小百合の性格なら、うまくいくはずだと。
ただ、予想外だったのは、山口小百合が杉本瑠璃を初めて見た瞬間、すぐに駆け寄ってしまったことだ。
もしかして作戦を誤ったのか。山口小百合は既に噂を聞いていて、杉本瑠璃のことを調べていたから、すぐに見分けられたのか?
まずい!
山口小百合のあまりにも衝動的な様子を見て、安藤颯は少し心配になった。この件は自分が直接山口小百合に話すべきだった。それが誠意というものだ。
今回は...本当に作戦を誤ってしまった!
「見て、見て、山口小百合が駆け寄ってったよ。まあ、すごい速さだね!」
「もしかしたら、すぐに喧嘩になるかもね。」
「それは分からないけど、面白いことになるのは間違いないよ。」
しかし、みんなが殴り合いを期待して待っている中、斎藤きくこまでが警戒している様子なのに、杉本瑠璃だけが淡々と座っていた。まるでこの件が自分とは無関係であるかのように。
「杉本瑠璃さん?あなたですね!」山口小百合の甘い声には、少し焦りが混じっていた。
杉本瑠璃の周りにいた数人は、山口小百合を見つめていた。彼女が何か行動を起こせば、すぐに止められる態勢だった。
杉本瑠璃は山口小百合を一瞥し、頷いて「ええ、私です」と答えた。
安藤颯が反応して追いついた時には、杉本瑠璃の言葉を聞いていた。急いで山口小百合を引き止めようとしたが、山口小百合は一歩前に出て、杉本瑠璃の腕を掴んでいた。
「恩人、やっとお会いできました!」
プッ!
ガチャン!
水を飲んでいた人は噴き出し、箸を持っていた人は落としてしまった。みんな呆然としていた。
今の状況は...どういうこと?
展開が予想とは全く違う。殴り合いになるはずじゃなかったの?
どうして急に話が変わって、山口小百合が目を輝かせながら感動的に杉本瑠璃を「恩人!」と呼んだの?
恩人?
杉本瑠璃が山口小百合の恩人?