しかし高橋唯は、目の前にいる人物のような気品は他に見られないと感じていた。
彼女がそう考えていると、白川華怜の後ろから、木村浩が二冊の本を持って彼女の後に続いて入ってきた。彼は柔らかい生地の部屋着を着ており、少し俯いた表情は相変わらず霜のように冷たかった。
「おばさん」木村浩が顔を上げ、珍しく自ら挨拶をした。
彼は二冊の本をテーブルに置き、身に纏っていた人を寄せ付けない冷たさが消えた。
高橋唯は我に返り、何気なく木村浩を一瞥した後、視線を白川華怜に向けた。白川華怜の手を取ろうとしたが、渡辺颯に手を引かれ、渡辺颯は無表情で彼女に慎みを求めた。
高橋唯は渡辺颯を横目で見て、仕方なく白川華怜に挨拶をすることにした。「華怜ちゃんね」
「こんにちは、おばさま」白川華怜は顔を上げ、素直に挨拶をした。
美しく、素直。
まさに理想の女性だわ、と高橋唯は胸に手を当てた。
林おじさんが前に出て接客しようとした。
すると木村浩が本をテーブルに置き、横の椅子を引いて、白川華怜に座るよう促した。
動こうとしていた林おじさんは、木村浩が急須に手を掛けているのを見て、しばらく呆然とした後、一歩下がって存在を消すことにした。
渡辺颯は木村浩の隣に座り、この光景を見慣れた様子だった。
高橋唯は静かに木村浩がお茶を注ぎ、それを白川華怜に渡す様子を見て、心の中で「あなたにもこんな日が来るとは」と思った。
彼女は携帯で高橋雅にメッセージを送り、目の端で木村浩が脇に置いた本を見た。
二冊の音楽の基礎書だった。
周知の通り、木村坊ちゃまは音楽を学んだことがなく、ただ一時期水墨画を学んでいて、業界の有名な先生を驚かせたことがあった。
それは白川華怜のものに違いない。
この子は本当にお箏が好きなのね、と高橋唯はほっとした。彼女は黒い小さな扇子を手の甲に載せ、とても親しげに、「華怜ちゃん、ちょっと下で人を迎えてくるわ。数分待っていてね」と言った。
白川華怜がいることで、木村浩と渡辺颯は高橋唯から透明人間扱いされていた。
渡辺颯は高橋唯と林おじさんが去っていく背中を見て、完全に感心した。
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階下。
高橋唯は藤野院長を迎えに下りてきたのだった。
藤野院長は文化伝承者であり、江渡音楽大学の学長で、江渡のこの界隈とはほとんど接点がなく、唯一の接点は田中当主だった。