石川雄也は声を聞いて立ち止まった。彼はまだ眼鏡をかけたまま、ドアの前で振り返って鏑木執事を見たが、執事のことを覚えていなかった。「あなたは...」
鏑木執事は白髪交じりで、皺だらけの顔をしており、濁った目は生気がなく、元気そうには見えなかった。
「以前、私どもの若様はあなたの生徒でした」石川雄也が鏑木執事のことを全く覚えていないことに、執事は少しも驚かなかった。彼は丁重な態度で「お目にかかったことがございます」と言った。
石川雄也は多くの生徒や保護者に会ってきた。十数年前に会った重要でない人物を覚えているはずもなかった。
それを聞いて、彼は鏑木執事に軽く頷いただけで、すぐに電話を受けて立ち去った。
鏑木執事はエレベーターホールで長い間立っていてから、やっと目を伏せてエレベーターに乗った。
「あの方をご存じなのですか?」エレベーターの中で、須藤は好奇心を持って鏑木執事を見た。
「ええ」鏑木執事は興味なさそうに、適当に答えた。「江渡大学の校長です」
鏑木執事は石川校長に会ったことがあった。
かつて望月啓二がまだ生きていた頃、石川雄也は江渡大学の副学長で、望月家を訪れたことがあった。鏑木執事は望月啓二が幼い頃からずっと側にいて、石川雄也に会ったことがあった。
江渡大学には他所への昇進という慣例はない。これだけの年月が経って、石川校長は正式な学長になったのだろう。
江渡大学の校長?
須藤は先ほどもっとよく見ておけばよかったと後悔した。「なぜここに来られたのでしょう?」
鏑木執事は回想に浸り、答えなかった。
303号室、ドアを開けたのは宮山小町だった。彼女は黒い碁石を手に持ったまま、鏑木執事から渡された魔法瓶を受け取り、「華怜さんは出かけてますけど、お茶でも飲んでいきませんか?」
「結構です」鏑木執事は首を振り、リビングに男の子がいるのがかすかに見えた。
彼は振り返り、須藤を連れて立ち去った。
エレベーターに乗る時、須藤はエレベーターのボタンを押しながら、ふと思い出した——
あの石川校長も先ほど3階から降りてきたのではないだろうか?
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江渡音楽ホール。
白井沙耶香は研究室で先生について勉強していた。先生はほとんどの場合、マンツーマンで個別指導をしていた。
「沙耶香」ドアの外のイケメンは今日早く来ていた。