「これからは仁藤心春のことについて、報告する必要はない」と温井卿介は言った。
渡辺海辰は少し戸惑いながらも、すぐに「はい、分かりました」と答えた。
渡辺海辰が去った後、温井卿介は古びたライターを取り出し、その傷んだ表面を見つめながら、瞳が暗く曇った。
やはり、かつて彼を見捨てた人間は、もう一度彼を見捨てるのだ!
彼は彼女の言葉を信じるべきではなかった。彼から離れないと言い、死ぬまで責任を取ると約束した言葉を!
「私は、あなたのようにはならない」長い指でライターを握りしめながら、彼は呟いた。
父親のように、全ての感情を一人の女性に注ぐようなことはしない。
これからは、仁藤心春という女性のことなど気にかけない。たとえ彼女が目の前で死んでも、何とも思わないだろう。
そう、もう気にしない……
なぜなら、もう気にする年齢は過ぎているのだから!
そして、これ以上気にし続ければどうなるか、誰よりも分かっているから!
その結果は、あの時、父親の姿で既に見てきたのだから!
————
仁藤心春は翌朝目覚め、人気のないリビングに来たとき、少し立ち止まった。
以前なら、この時間にリビングで卿介を見かけ、二人分の朝食を用意して、一緒に食べてから別々に仕事に向かっていたはずだ。
でも今は……この家には、また彼女一人きりになってしまった!
そう思うと、仁藤心春は頭を振って、頭の中の卿介の姿を振り払った!
あの短い一ヶ月余りの卿介との生活は、一つの夢だと思おう。
そして今は、ただ目が覚めただけなのだ。
一人で朝食を済ませた仁藤心春は、会社に向かった。
「仁藤部長、秋山会長が、もし今日出社されたら会いたいとおっしゃっていました」部下が近づいて伝えた。
「分かりました」仁藤心春は応じた。
「仁藤部長、また…怪我をされたんですか?」部下は仁藤心春の顔を見て言った。
体の傷は長袖とハイネックで隠せても、顔の傷は、ファンデーションで隠しても近くで見れば気付かれてしまう。
「些細な傷です。もう大丈夫です」仁藤心春は言い、秋山瑛真のオフィスへ向かった。
秘書は仁藤心春が来ることを既に知っていたようで、「仁藤部長、秋山会長は、来られたらそのまま中へどうぞと」
「はい」仁藤心春は応じたが、ドアの前で軽くノックをしてから、ドアを開けて入った。