第113章 偶然の出会い、温井朝岚

山本綾音が振り向くと、近くを歩いてくる温井朝岚の姿が目に入った。

彼女は一瞬驚いて、「なんて偶然…」

「隣のビルで用事があったんだ」と温井朝岚は言い、隣のオフィスビルを指差しながら、山本綾音が田中悠仁の手首を握っているところに視線を向けた。「お友達?」

山本綾音は無意識に手を離し、なぜか心の中で後ろめたさを感じた。

まったく、何を後ろめたく思う必要があるんだろう。

「心春の弟の田中悠仁よ」と彼女は紹介した。

温井朝岚の瞳が微かに動き、田中悠仁に向かって言った。「はじめまして、温井朝岚です。綾音の友達です」

田中悠仁はその名前を聞いて眉をひそめた。「温井卿介とは何か関係があるんですか?」確かに、この二つの名前はとても似ていた。

「卿介は私のいとこです」と温井朝岚は答えた。

田中悠仁はそれを聞いて、瞳が微かに光った。

温井朝岚は笑いながら言った。「ここに立っているのもなんですから、中で話しましょう」

「あ、そうね!」と山本綾音は答えた。

三人がカフェに入り、山本綾音は丸テーブルの両側に座る田中悠仁と温井朝岚を見て、突然、三人でコーヒーを飲むというのは、なんだか奇妙な組み合わせだと気づいた。

コーヒーを注文した後、田中悠仁は山本綾音を見て「さあ、仁藤心春について何を話したいんだ?」

「そんな風に名前で呼ぶの?お姉さんなのに、お姉さんって呼ばないの?」山本綾音は不機嫌そうに言った。

田中悠仁はただ冷たい目で山本綾音を見つめていた。

山本綾音は唇を噛み、少し気まずそうに温井朝岚を見た。やはり、温井朝岚の前で心春のことを話すのは、少し不適切な気がした。

温井朝岚は察しが良く立ち上がって、「ちょっと電話をかけてきます!」

さすが賢い人だわ!山本綾音は心の中で感心しながら、田中悠仁に向かって言った。「心春はあなたのことをとても大切に思っているわ。今日わざわざあなたを呼び出して話をしたのは、私が知っている事実を伝えたかっただけ。それを聞いた後で、どんな態度で彼女に接するかは、あなたたち姉弟の問題よ!」

「聞きたくないと言ったら?」と田中悠仁は言った。

「それでもいいわ。でも、そうしたら彼女があなたのために何をしたのか、永遠に知ることはできないでしょうね!」と山本綾音は言った。

田中悠仁は黙り込み、結局何も言わず、立ち去ろうともしなかった。