秋山瑛真の車がゆっくりと走り去った。
仁藤心春はその場に立ち尽くし、心は荒涼としていた。
血液がんを患っていると知った時でさえ、彼女は本当の絶望がどういうものか分からなかった。でも今…全ての希望が一瞬で打ち砕かれる、そんな感覚を初めて理解した。
彼女は…悠仁を救うための時間をまた無駄にしてしまった!
本当は悠仁をしっかり守りたかった。少なくとも自分が生きている間は、悠仁を守れるはずだった。
でも今は、それすらもできないのか?
「大丈夫…ですか?」傍らの警備員は、仁藤心春の顔が青ざめ、今にも倒れそうな様子を見て、思わず尋ねた。
彼女は悲しげに微笑んだ。「大丈夫です」
振り返って、一歩一歩自分の停めてある車に向かって歩き始めた。どうすれば悠仁を救えるのだろう?
誰に頼めばいいの?
塩浜市で人を探すことができる、そんな力を持った人が他にいるの?!
————
温井家の屋敷で、温井卿介は手にしていた書類を置き、眉間を揉んで、ベッドサイドテーブルに置いてある薬瓶を手に取った。しかし開けてみると、薬瓶は空っぽだった。
彼は引き出しを開け、予備の薬を取り出そうとしたが、引き出しの中に置いてあるアロマポーチを見つけた。
これは以前、仁藤心春と同居していた時期に、彼の不眠症のために特別に調合してくれたアロマポーチだった。睡眠の質を改善できると言っていた。
そしてその後、彼の睡眠は確かに改善され、主治医の福本正道先生さえも驚くほどだった!
あの時期は、確かによく眠れていた。薬に頼らなくても眠れるようになっていた!
しかし仁藤心春と別れてからは、不眠が徐々に戻ってきた。
このアロマポーチの香りは既に薄れていたが、彼はなぜか捨てられずにいた。
アロマポーチの調合方法通りに新しいものを作ることは、彼にとって難しいことではなかったが…
温井卿介は予備の薬瓶を取り出し、引き出しを閉めた。
彼女のアロマポーチがなくても、眠ることはできる!
彼は父親とは違う。一人の女など、何でもない!
温井卿介が薬瓶を開けようとした時、突然使用人が報告に来た。「二少様、仁藤さんという方がお会いしたいとおっしゃっています」
「仁藤さん?」温井卿介は一瞬驚いた。
「仁藤心春と名乗られました」使用人は言った。
温井卿介の瞳が暗くなった。仁藤心春が…彼を訪ねてきたのか?