仁藤心春は仕事を終えた後、入院中の悠仁を見舞いに病院へ向かった。
いとこの橋本春菜も病室にいて、仁藤心春を見るなり笑顔で「あら、いとこのお姉さん、また悠仁を見舞いに来たの?」と声をかけた。
仁藤心春は軽く返事をし、病床に近づいて田中悠仁に「今日の調子はどう?」と尋ねた。
「まあまあかな」と田中悠仁は答え、仁藤心春の包帯が外れた右手に目を向けて、少し躊躇いながら「君の手は、どう?」と聞いた。
彼女は一瞬戸惑った。彼の口調は淡々としていて、ただの日常的な質問のようだったが、それでも彼が彼女の怪我を気にかけていることは確かだった。
仁藤心春は鼻の奥がつんとして、「大丈夫よ、傷はもう痂になり始めてる」と答えた。
「見せて」と彼は言った。
仁藤心春は脇に垂らしていた右手をむしろゆっくりと握り締め、「見る必要なんてないわ。見栄えの良いものじゃないし」と言った。
彼女は彼に手のひらの醜い傷跡を見せたくなかった。
「見せてほしい」と田中悠仁は譲らず、仁藤心春の右手に視線を固定したまま言った。
彼女は少し落ち着かない様子で薄い唇を噛んだ。
「あら、お姉さん、悠仁が手を見たいだけなのに、どうして恥ずかしがるの?」と傍らの橋本春菜が言いながら、仁藤心春の手を取ろうとした。しかし、仁藤心春の右手のひらの傷を見た瞬間、橋本春菜は思わず息を飲んだ。
ちょっとした怪我だと思っていたのに、これほど明らかな傷だったとは。
この傷なら、きっと後に跡が残るだろう。
橋本春菜は気まずそうに手を離したが、仁藤心春の右手が再び脇に落ちようとした時、田中悠仁が素早くその手を受け止め、手のひらの傷跡を見つめた。
これは彼を救うために彼女が負った傷だった。
鋭い刃物が突き刺さってきた時、彼女は一瞬の躊躇いもなく手を差し出した。
まるで彼がどんな危険に遭遇しても、必ず彼女が手を差し伸べるかのように。
「これからは、こんな風に僕を守らせない」と彼は低い声で言った。
「え?」と彼女は驚いた。
「自分の身は自分で守る。君にこんな風に守ってもらう必要はない」と彼は言った。もう二度と彼女にこんな怪我をさせたくなかった。
仁藤心春は少し気まずそうに唇を噛んで、「私はただ、あなたが怪我をしないでほしかっただけ」と言った。