仁藤心春は一瞬戸惑った。彼は……そんな漫画柄のカップを使いたいの?
うーん、どう考えても彼の気品ある雰囲気とは合わないような気がするけど!
でも彼が言い出したからには、残りの2つのカップについて、仁藤心春はもちろん承諾した。「あなたが気に入ったなら、使ってください」
彼は微笑んで、「お姉さんが買ってくれたものなら、何でも好きです」
仁藤心春は目の前で優しく微笑む温井卿介を見つめた。こんな美しい顔で、そんな言葉を言われたら、本当に心がときめいてしまいそうだ。
でも……今の彼女にはもうそんな感情は芽生えない!
うつむいて、仁藤心春は油を熱して料理を作り始めた。
今夜のメニューは、おかず三品とスープ一品。
最後にスープの具材を鍋に入れて、蓋をした瞬間、背後から腕が彼女を抱きしめた。
「お姉さん、今日はとても幸せです」耳元で囁くような声が聞こえた。
「幸せ?」彼女は驚いた。
「はい、幸せです。とても幸せです。今回は、お姉さんが心から私と一緒にいてくれているから。私たちはきっと、とても幸せになれますよね?」彼は静かに言った。その声には珍しく喜びが滲んでいた。
仁藤心春はゆっくりと振り向き、目の前の人を見上げた。
彼は笑っていた。目尻や眉にも笑みが浮かんでいて、その笑顔は彼をより一層優しく見せていた。
「そうね、私たちはきっと幸せになれるわ」彼女は彼の頬に優しく手を添えながら、そう答えた。
こうすれば、彼女の後悔も少しは減るだろう!
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「なんだって?口座にもう金がない?前に会社の口座に500万円振り込んだばかりじゃないか?」山田流真は会社の経理担当を睨みつけた。
その500万円は、彼が個人の貯金を全て集めて何とか工面したものだった。しばらくは持ちこたえられると思っていたのに、今になって……たった数日でこれとは!
「違約金の支払いが多すぎるんです」経理担当は言った。500万円では全く足りないのだ。「それに、今また二社への違約金支払いが控えています。一ヶ月以内に支払わなければ、相手側が強制執行を申請するかもしれません。そうなれば会社の銀行口座が凍結され、山田会長の個人口座も凍結される可能性があります」
山田流真は表情を曇らせ、経理担当に「先に出ていてください。資金の件は、また考えてみます」と言った。