普通の人なら、この言葉を聞いたら、きっと二人がお互いに好き合っているのだと思うだろう。
でも彼女にはよく分かっていた。彼の彼女への好意は、おそらく幼い頃からの延長線上にある好意に過ぎないのだろうと。
この男性には、彼女への恋愛感情は一切ないのだ。
たとえ親密な行為をすることがあっても、それは単なる支配欲であり、彼女が自分のものだということを証明するためだけで、決して愛情ではない。
「そうね、何も間違ってないわ」仁藤心春は微笑んで、朝食を続けた。
二人が朝食を済ませた後、温井卿介は車を運転して、仁藤心春を市立体育館へと連れて行った。
到着すると、外には既に大勢の人が集まっていた。チケットを手に入れられなかったファンや野球愛好家たちが、館の外に集まっていた。
仁藤心春は温井卿介についてVIP通路を通り、係員の案内で座席へと向かった。
それはVIPゴールデンシート、最高の観戦エリアの座席だった。
会場内のこのような席は数が限られており、仁藤心春の知る限り、ダフ屋では既に一枚数万円もの値段がついていた!
二人が着席した後、仁藤心春が何気なく周りを見渡したとき、驚いたことに、彼女の席からそう遠くないところに、なんと有名人がいたのだ!
相手は野球帽とマスクをしていたものの、その芸能人は山本綾音が好きな俳優の一人で、以前から仁藤心春の前でよく話題に出していたため、彼女もそのおかげで、その芸能人のことをよく知っていた。
「何を見ているんだ?」温井卿介は仁藤心春の耳元で尋ねた。
「3時の方向にいる野球帽とマスクをしている男性、風間夏臣よ」仁藤心春は小声で答えた。「まさか彼も野球観戦に来ているなんて、しかも私たちとこんなに近くに座っているなんて」
「風間夏臣って誰だ?」温井卿介は3時の方向に目を向け、すぐに仁藤心春の言う男性を見つけた。
「まさか、風間夏臣を知らないの?」仁藤心春は驚いた表情で温井卿介を見つめ、まるで彼が信じられないことを言ったかのようだった。
温井卿介は眉をひそめ、冷ややかに笑った。「なんだ、俺が知っているべき人間なのか?」
仁藤心春は身震いした。「いいえ、風間夏臣はここ数年で人気が出てきた俳優で、主に脇役を演じているけど、ブレイク予備軍って呼ばれているの...あの、ブレイク予備軍って分かる?」