第259章 一方的な圧倒

その瞬間、全員の視線が声のする方向へと向けられた。

仁藤心春は彼女に向かって歩いてくる人を呆然と見つめた。それは……卿介、卿介がなぜここに?

山本綾音もこの時、喜びに満ちていた。温井卿介を見かけただけでなく、温井朝岚も目にしたからだ。

温井家の兄弟が来たのなら、心春はもう大丈夫なはずだ!

温井卿介はあっという間に仁藤心春の前まで来ると、二人のボディーガードが心春の腕を掴んでいるのを見て眉をひそめ、すぐさま行動を起こした。一瞬のうちに、心春の腕を掴んでいたボディーガードの一人の手首を「バキッ」という音とともに折ってしまった。

この行動は、全員の予想を超えていた。

そのボディーガードは真っ青な顔で、折られたばかりの手首を押さえながら、必死に痛みを耐えて秋山瑛真の方を見た。

秋山瑛真は眉をひそめ、目を僅かに動かすと、もう一人のボディーガードも心春の腕から手を離し、二人は脇へ下がった。

温井卿介は心春を見て、「怪我はないか?」と尋ねた。

「大丈夫」と心春は答えた。

しかし温井卿介が心春の肩に手を置いた時、彼女は小さく悲鳴を上げた。

先ほど二人のボディーガードに捻られたせいで、肩が痛んでいたのだ。

「やはり怪我をしているな?」彼は彼女を見つめた。

「それがどうしたの?」答えたのは心春ではなく、坂下倩乃だった。

坂下倩乃は憤然として言った。「仁藤心春が私が以前瑛真にあげた匂い袋を水洗トイレに捨てたのよ。瑛真は謝罪を求めただけなのに、彼女が拒否したから、瑛真が少し懲らしめただけ。悪いのは彼女自身よ!」

「へぇ?面白い話だな」温井卿介は怒りを笑いに変え、唇の端に艶やかな笑みを浮かべた。

その笑顔を見た温井朝岚は、心臓が一瞬止まりそうになった。従弟の狂気的な性質が再び現れそうだと察し、急いで前に出ようとした。「卿介……」

しかし温井朝岚が一歩踏み出したところで、山本綾音に引き止められた。

「何をするの?」山本綾音は小声で尋ねた。

「今止めないと、卿介が事を起こすぞ」と温井朝岚は言った。

「起こせばいいじゃない」どうせ温井卿介は後ろ盾が強いから、事を起こしても怖くない。それに、温井卿介に暴れてもらった方がいい。坂下倩乃たちが心春には後ろ盾がないと思って、好き勝手に心春をいじめるのを防げる。